ステージ・テクニック向上委員会
略称  すててこ。
ライブの見せ方 ショーアップを考えよう!

長老いしはらと 前途有望な若者ヤマモトの
往復書簡録


相模の風レコード  いしはらとしひろ http://www.sagaminokaze.com/
Project a.c.c.r.    山本優作 http://pjaccr.com/

ステージの見せ方 の向上をみんなで考えよう、の「すててこ。」
映像でお伝えすると共に いしはらとしひろ と 山本優作の テーマに沿った往復書簡録 も公開しております。
映像をフォローする内容なのか、それともさらなる混乱をもたらすのか。
ぜひご一読を。

往復書簡録 ご挨拶
往復書簡録 その1 ライブの始め方って?
往復書簡録 その2 ライブ中の告知のタイミング
往復書簡録 3〜5
往復書簡録 6〜8
往復書簡録 9〜12

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ステージの見せ方を考えてやまない
長老と若者の往復書簡 その17

長老 いしはらとしひろ から 前途有望な若者 山本優作へ

もう一度音楽しませんか? 戻っておいで〜

ヤマモトよ。お前様はまだ若いからのう、挫折と言ってもたかが知れとるじゃろ。
お前、今、年寄りの不幸自慢と思ったな。その通りじゃ。
なぜならそんなことを言えるのは、お前くらいしかおらんからじゃ。

まぁ、挫折というのは大げさかもしれないけれど、それなりに本気で音楽をやっていて、でも、やめざるを得ない状況になって、気がついたら何年も活動を中断してしまっていて、ということはよくあることだと思う。

音楽をやめるに至るのも、幾通りか理由やパターンがあると思うが、プロを目指していて、夢破れて、というのから、経済的な理由、仕事が忙しくなって時間が取れない。結婚して家族ができて、それどころじゃない、などなどいろいろな場合があると思う。
しょうがないよなぁ。音楽よりも大事なことはいくらでもあるし、自分の中の優先順位で、「今は音楽よりも〜〜だ。」と思ったら、それを優先するしかない。

やめて何年かたって。あなたの心が満たされていればそれでもよいのじゃ。
後悔がなければ全然オッケー。
今の幸せが一番。

でも、もし音楽への気持ちがどこかにくすぶっているのなら。
あるいは、いろいろ忙しくしているのだけれど、何かいらいらすることが多くて、あんまり幸せじゃないなぁ、なんて状態だったら。

音楽しようよ。
音楽は、まずはあなた自身を、そしてその先にはその音楽を共有する人を(例えばバンド仲間、音楽仲間、家族、友達、聴きに来てくれるお客さん)を幸せにするためにあるのじゃ。
一度は音楽をやっていたあなたなら、わかるはず。いろいろな場面で音楽する幸せ、あったはずじゃの。
それを取り戻す、ではなく、今いる地点から新たに作り出すのは多分、楽しいはずだと思う。

音楽する喜び、自分自身の体と心が喜ぶのをダイレクトに感じられる瞬間。まぁ、楽器を弾いたり歌を歌ったりはボケ防止にも良いそうじゃから、中年以降で音楽を再開するというのは実利的な意味でもよいのじゃ。ふはは。

音楽をやっていていいことは、共通の目的に向かって完成度を高めていく仲間がいる、ということじゃな。もしあなたが一人で弾き語りをやろうとしていても、そこに音楽的競演とは違う形で、何らかの仲間はいるはずじゃ。
ある程度年を取ってくると、まぁ、その人の性格やライフスタイルにもよるが、「新しい友達」だの「新しい仲間」だのが、なかなかできなくなってくる。仕事上の名刺を交換するだけの人ではなくてな。
そういうのとは違うレベルで、一緒に楽しいことを作れるのじゃ。もちろんその過程においては、楽しいことばかりじゃないかもしれん。でも、その先には、そこにそそいだエネルギーと手間暇に見合うくらいの、楽しいこと、嬉しいことはあると思う。

そして音楽を休止したその間にやっていたこと。仕事だったり他の趣味だったり、家事だったり子育てだったり。
音楽休止中に起こった人生のすべてが、音楽にあなた色のエキスを注入するのだ。それはあなたにしかできないことのはず。上手い下手とかそういう表面的なことを飛び越えて、あなただけの音が、休んでいる今もあなたの中に熟成されているのだ。

音楽にまだ心が残っていて、でも休んでいるあなた。戻っておいで〜。



前途有望な若者 山本優作 から 長老 いしはらとりひろ へ


なんのなんの、ございますよ、挫折。
というか、僕の場合は自己否定に走り過ぎてガス欠を起こして、それで動けなくなった、というパターンでしたね。

例えば、よくあるんですけど、


「俺、25歳までに結果出せなきゃ音楽やめる!」


みたいな。
出ないんですよね、だいたい。
僕出なかった。

で、なんとなく分かってくるんですよね。
このままじゃいけない、みたいなのは。
だけど、じゃあどうしたらいいのかが分からない。

不安と焦燥に背中を押されて何かをしてもロクなことにならなくて、気が付いたら普通に疲れた顔のサラリーマンになってました。
や、もちろん仕事はやり甲斐あったんですけど、それでも音楽に成就してない自分を責め続けていたというか。

そういうこともあったから、僕は音活寺子屋という企画の中では、心との向き合い方とかね、精神的なことを大事にしてるんですけど。
だから、僕が音楽を止めてたのなんかせいぜい半年とか一年くらいなんですけど、再開した時はむしろ、


「結局どうしていいのか分からなくてまた止まっちゃうんじゃないだろうか」


っていう不安がすごく大きくて。
だけど、そのままの生活も苦しくて、やいもう八方塞がりでした(笑)

だからね、カムバックするといっても、動画の中では比較的いしはらさんと同じか、それ以上の世代の方に向けて話していたかもしれないけども。
色んな人に色んな理由があって、カムバックしたいけど、できない人もいてね。

ただやっぱり、そこでどうするかなんですよね。
悩み続けてる状態っていうのは、「何も起こらない自分」っていう結果を生み出す訳で。
で、それを見て一番苦しい、楽しくないのは、やっぱり自分なんですよね。



ステージの見せ方を考えてやまない
長老と若者の往復書簡 その16

長老 いしはらとしひろ から 前途有望な若者 山本優作へ

「ライブの中に POPでキャッチーな曲を入れたほうがいいのか?」

ヤマモトよ、よーするにだ。
POPって一言でいってなんじゃろうな。
わかりやすいのか、売れ筋のものなのか、お客さんの好みに媚びたものなのか。

開かれた姿勢、こそがPOPなのだと思う。
表現活動をしている人で自分の作品がたった一人にすら理解されない、ということを理想としている人はいないと思う。
そういう人はそもそも作品を、他人に向けて発表しないと思うし。

自分を開くのって難しいのだよ。
高邁な理想をうたっておったとしても、歌っているいしはらは(あるいはヤマモトは)こ〜んなくだらない奴である。
そんなことはよくある。ままある。
開いて見せたはいいが、こ〜〜んなくだらない、という可能性も含めて開いて見せる。
その姿勢が、そしてその姿勢が反映された曲がPOPなのだと思うのだ。

まぁ、一般論としていえば、POPな曲というのは 覚えやすくて、明るくて、多くの人が楽しいと思うような、そういう曲なのだと思う。
でも、作った本人が「最高にPOP」と思って作っても、一向にそういう評価を受けない場合だってままある。
それは本人が思っているほど、覚えやすくもなく、楽しくもなく、一番恐ろしいことに、曲としてのグレードも低く、ということなのかもしれない。
結局POPをPOP足らしめるのはお客様なのだ。
お客様が「この曲愉しい」と思ってくれなければ、POPは成立しないのではないだろうか。

ここがPOPのど真ん中、と思って曲を作っても、それが過去のデータを参照して作っているのならば、それは二番煎じである可能性が高い。
もちろんそれでもいいのだ。本当に意味で革新的な曲などそうそう現れない。
POPかつ新しい、という矛盾するんだかしないんだか、そんなわけのわからない道を突き進むその姿勢がまた、愛おしい。

もちろん、パフォーマーによっては「POPな曲なんかいらねえよ、オレはオレの信じる曲を作り続け歌い続けるんだ」という人もあろう。
全然構わない。それはそれで大OKだ。ちゃんと自分でそのことをわかっているのならば、確信をもってその道を突き進んでほしい。

でも、一人でも多くの人に届けたい、と思う人は楽曲うんぬんよりも、姿勢として「POP」というものを持っていたほうがよいほうに思うのじゃな。

だから、いしはらの論としては「POPでキャッチーな姿勢」こそが大事である、とタイトルを上書きしておこうかな。

でもね、歳食ってくるとさ。
冗長で寄り道ばかりしているものとか、迷宮に迷い込んだようなものとかも、美味しくなってくるんだよねえ。
ははは、わかりやすいはどこ行った!?


冬物衣料を買い遅れて震えるイケメン 山本優作
から 長老 いしはらとしひろ へ


「自分がそうだと思っているけど、お客さんはそうは思っていない」

っていうのは、面白可笑しく恐ろしいですよね。
例えば、左官職人が道路に壁を作りますよねぇ。
で、その壁は 通行人にとっても壁だし、作った職人にとっても壁なんですよね。
どこがどうなってるとか、どこをどうしてるとか、そういうことはよく知ってるけど、だからって壁であることには変わりないと。
だから、

「ここはこうやってこう作ってあんだから、この壁はすげぇんだよ!」

って言い出すと、それって自分の拘りを語ってるんであって、壁そのものを語ってるんじゃないですよと。
そういう、作り手故の盲目というのは確実にありますもんね。

ちょっと笑える話しなんですけど、僕の友人に前衛音楽家がいるんですよ。
普通に日本で生きてたら絶対一生聴かないだろうなぁっていう音楽を作り続けてるんですけど、その友人が少し前にリリースしたCDの説明文が


「全曲にギターとベースとドラムを入れたロック風のアルバム」


だけだった時は、壁の原材料に縛りを儲けた制作であったことを言葉少なに語られた訳で、もう言葉に詰まったというか嗚咽が漏れたというか。
ここまで振り切ってくれると、いっそカッコ良いです。
たぶん、「普通じゃん」って言われるんだけど。

まぁそれくらいPOPというか、大きく言うと物事の分別の基準って人によって違ってる訳でね。
結局のところいしはらさんが言うような、マインドとして開かれた状態に居るということが、全部の根っこに繋がってきますよね。

ちょうど昨日読んでたブログの中の人が、風俗嬢 だって公開してたんですよ。
その人は昔裸の写真を人に撮られてその後写真の行き先が分からなくなっちゃった時に、「じゃあ裸の写真をバラまかれても困らないくらい開けっぴろげに生きよう」ってなったらしくて。

その境地には中々辿り着けないかもしれないけど、これもいしはらさんが言うように、人間なんか開くとロクでもないものが入ってるんですよね。
だけどそのロクでもないものを差し出すから、そこにPOPな姿勢が生まれると。
音楽の需要と供給って実はすごく原始的なコミュニケーションだから、どんなことをしていても、POPな姿勢という軸は持っていたいですなぁ。

うん。
この話はわかりやすく書くの、無理なんじゃないかな。





ステージの見せ方を考えてやまない
長老と若者の往復書簡 その15

長老 いしはらとしひろ から 前途有望な若者 山本優作へ

設備の整っていない場所をステーシ?に変える方法


ヤマモトよ。
誕生日を迎えた上に引っ越し。何やらめでたい様子じゃの。
この調子で年を取っていけば、わしを追い抜くのもあっという間じゃろう。
早く年取れ。

しかも、何もない部屋にホワイトボードが鎮座しているそうな。
働け、っつーことだろうな。
働け。けけけ。

ヤマモトの部屋も、まだ「設備の整っていない状態」のようじゃの。
そこでいい仕事をするのと、設備の整っていない会場・ステージでよいライブをする、というのも何やら似ているようじゃの。

仕事とかしているとこういうやつ、おるじゃろ。
「この仕事やるには、あれとこれがなきゃ」
「この環境じゃ、できません」
「こんな状況で仕事させるんですか。」
まぁ、そう言うのももっとも、ということもままある。
じゃが、わし嫌いなんよ。仕事の現場まで来て、あれができねえこれができねえ、あれがないと、と言い垂れるやつ。
もちろん、仕事の環境が整っているに越したことはない。
でも、今あるものでその場は最上を尽くすしかない、というケースもままある。

大変なんだけど、そういうの、結構好きなんよ、ワシ。

条件が整っていないところで何かを生み出す、よりよくするのは「前向きに考えること」である。
何もないのを逆手に取る。
そこにはないなにかを「あるかのごとく」見せかける。

もちろん、素のままでいいんだよ、設備も何もないところでやるんだからさ、という考え方もある。

じゃがな、実力のない輩が「素のまま」などということを言い出すと、これはもう悲惨の一言。「素」で通用するのは実力のレベルが相当上に人だけじゃ。

条件がよくないところでいいものを作り出そうとすると、人は工夫をする。
これが大事なのだな。
条件がいいと、それに甘えてしまって考えないからな。
もちろん、よい条件を生かしてよりよいモノを作り上げるのが、求められることではあるのだが。

ワシも含め修行中のミュージシャンはあれだな。
佳い環境が整った中でのライブと、良くない、何もないような環境でライブをやるのと、両方をおなじくらい体験しておいたほうがよいな。
「どんな条件の下でも、お客様に届かせること」を、真剣に考えるようになると思うぞ。
そういう思考モードに入れるだけでも幸せなことだと思うのじゃな。
それが歌や人様に何かを見せること、の進化・進歩につながるのじゃよ。

ヤマモトよ、いっそのことお前様の部屋も設備はホワイトボードまでで、ストップさせたほうがよいのではないか?
きっとすごい仕事ができると思うぞ。うむ。



初秋の風に揺れるイケメン 山本優作 から 長老 いしはらとしひろ へ

事務所、いいですよ。
元々「テーブルとホワイトボード以外は置かない」というコンセプトで作ってあるんです。
他の必要最低限は、クローゼットの中に小さく整理整頓してまとめています。

何もないっつーのは最高ですね。
集中力がとんでもなく研ぎすまされるし、雑念が沸いて仕事が止まるっていうことがありません。
それに触発されて、実家の仕事部屋からもかなりのゴミを出しました。

だからアレは、「設備が整っていない」んじゃなくて、「設備が必要のない」形を目指した結果なんです。

これは働き甲斐がある・・・ふふ・・・

閑話休題、ステージの話しですね。
むしろ僕なんかは、照明や音響の無いステージが多かったりするんですよ。
生音が好きだし、お客さんとの距離も近いし。
何より、会場の使用量がグッと押さえられるし(ここ重要)。

大事なことはいしはらさんが言ってくれたので持論に走りますが、やっぱり設備が完璧な場所の方が異常なんですよ。
音なんか楽器と声帯から出たまんまがありのまんまでねぇ、まだ歌い出してもないうちからバッチリ見えちゃってて。

そういう他の人が準備してくれた演出のないところでね、どれだけ自分を演出できるかっていうのが、ひとつの大事ですよね。
事務所なんかでもあれなんですよ?
ホワイトボードとテーブルがあればね、それで充分仕事できるんですよ。
やれファイリングボックスが必要だとか、やれ美人秘書が必要だとか、んなこと言うヤツはロクなもんじゃないですよ?
美人秘書は欲しいけど。
できたら、ちょっとエッチなお姉さんがいいけれど。

だから本当にね、色んなところで色んなライブをしてね。
難しいことじゃなくて、「色んな現場がある」ってことが分かってきたらね、それでいいんですよね。
それぞれの場所でその現場を持ってる人が、それぞれに頑張ってるんだもの。

そう思っていけばね、「あぁここはマイクがあるんだ有難いなぁ」とかね、「あぁここはステージが段になってるんだ素晴らしいなぁ」とかね、謙虚な気持ちになるってもんですよ。
機会があるだけでラッキーなことなんだから、いしはらさんが言うようにね、その場その場で工夫をして、やっていける胆力を持つというか、んもうどんな球もヒットにしちゃうぞぉくらいの気合いでね。
やっていきたいですよね。




ステージの見せ方を考えてやまない
長老と若者の往復書簡 その14


長老 いしはらとしひろ から 前途有望な若者 山本優作へ


初めてのライブ

初めての××。
なんと麗しい響きじゃ。
初めて、というのは、どんな種類の「初めて」だっ、緊張するし、そうやっていいかわかんないし、
あーもううぎゃ〜〜、の連続である。

映像の中で、今回は割とはっきり答えを出してしまったけれど、
そうじゃよ、初めてのライブなんつーもんは、自分の意志の在り方よりも、縁とタイミングじゃ。

でも、考えてみると初めてのライブに限らず、じんしぇ〜〜などというものは、ほとんど運と縁と出会いじゃな。
自分が最高、と思えるような歌を歌っていたとしても、その良さを見出してくれる人と出会うことがなければ、ずっとうもれたままだしのう。
そして出会いは日々の活動の積み重ねの中から生まれてくる。

初めてのライブ。
そこでやめてしまう人もおるじゃろ。
あるいは10回くらいやって辞めてしまう人もおるじゃろ。

ワシは途中仕事なんぞの都合で4年半ほど、ライブをやらなかった、というかできなかった時があった。
再開した時は「二度目の初めて」だったわけだが、そこからはやめずに続けておる。
数百回はライブをしておると思うが、目指す山はまだまだ遠い。

じゃがな。
「初めて」から始めて、運よく続けることができて、音楽山という素晴らしい山がとてつもなく高いことだけはわかった。
そしてその過程でずいぶんたくさんの人と知り合うことができて、そのうちの何人かの人とは深くつながることができた。

だから。
気楽に始めればよいのじゃ。
運と縁が導くところに従っての。
そしてもしも続けることができたなら、その先にはかなり素晴らしい色々が待っているのだよ。
まず「始めて」みる。
「初めて」を突破する。
音楽山の中に足を踏み入れたら、もう面白いことたくさんだから。

復路
夏の妖精 山本優作 から 長老 いしはらとしひろ へ


縁とタイミング、本当そうですよね。
一人でガンガン行けるひとは、ガンガンいけばよろしい。
一人だとどうにも勇気が出ない人は、だれかの流れに乗ればいい。

一人でいくにしても誰かに乗るにしても、勇気は要りますけどね。
是非振り絞って、我々のように取り返しのつかないことになって頂きたいものです。

話しがズレるというか、これも縁の話しなんですが、同じことでも人生のどのタイミングで起こるかで、全然違うんですよね。
僕は音楽ビジネスの組み上げのために3年ほど前から猛烈に勉強してきておりますが、当初はミュージシャン辞めるつもりでした。
でも、商人の先輩や偉人と出会って色んなことを学ぶ中で、音楽との関係も変わってきて。

結局1年くらいしてライブを本格的にやりだしたら、それまでと腕前が大きく変わった訳でもないのに、音楽が仕事になりました。
動画の中では休止期間は無かったといいましたが、もしかしたらその覚悟を決めてからのライブが、僕の「二度目の初めて」だったのかもしれません。

ともあれ、これからもっと腕前を上げなきゃいけないし、魅力も磨いていかなきゃいけない。
あと何回の初めてがあるのか分かりませんが、「初めての?」は新しい自分との出会いだと思えば、それは恐ろしく楽しいイベントですねぇ。

それと同じように色んな初めてを超えてきた誰かと、これから出会っていけるのだと思うと、ああ楽しみですよこれ



ステージの見せ方を考えてやまない
長老と若者の往復書簡 その13

ステージ上の緊張とどうつきあう?

往路 
長老 いしはらとしひろ から 前途有望な若者 山本優作へ


緊張。
がっちがっち。

普段人前に立っていない人が、たとえばお偉いさんも出てくる、
人もた〜くさんいる重要な会議でプレゼンテーションをする。
そんな経験初めて。
まぁ、あがるじゃろうなぁ。体がちがち。脳みそ真っ白。
これが普通だと思う。

緊張。という文字が語っておるよ。
文字通り、堅く張っておるのじゃ。体も心も。
柔らかさがない。
堅くていいのはアレの時のあれだけ……(大自粛)。

失礼!
妄想が暴走じゃ。じじいの妄想じゃ。

緊張していない時は、心も体も適度な柔らかさを保っている。
しかし、普段やっていないことを、しかも重要度が高いことをやろうとすると、その柔らかさを保つことが難しくなる。

緊張じゃ。

でも、音楽屋のように、人前で何かをやる人は、緊張するくらいでちょうどいいのかもしれない。
それだけ大事なことをやろうとしているのだから。
初めてのことにチャレンジしようとしたり、自分の枠を広げようとするのは、表現者としては必須。
つまり緊張の要因は、人前での表現活動を続ける限り、あちらこちらに転がっておるわけじゃ。
常にチャレンジャーなあなたには、緊張もつきものなのかもしれぬ。

人はどんな大変なことにも慣れる。
場数を踏めば、緊張ゼロ、ということはないにしても その緊張度数は下がっていく。
映像の中で言っておったように、たとえば緊張しそうなライブの前に、友人に頼んで客となってもらう、模擬ライブだとか、飛び入りOKのオープンマイクイベントとかで、「慣れておく」のも大事だろう。

じゃが、思うのじゃ。
「平常心でハイレベル」なところまで行ってしまえば、緊張で多少それが阻害されても、「そこそこハイレベル」なところまで行ける。
練習時常に100点のところまで自分を高めておけば、緊張でそれが損なわれたとしても 85点くらいキープできるのでは、とも思うのだ。
まあ、ものすごい境地だとは思うが。
しかし、表現を生業とするもの、そのレベルまで達してみたいものじゃな。

多分すごいレベルまで行くと、練習も本番も境目がなくて、生きることとステージで何かを表現することもイコールで。
そのまんまと演じているところの境目もあいまいで。

そういう人は緊張と無縁じゃろうな。
行ってみたいよ、そんな境地へ。

のう、ヤマモト。
緊張はいろいろなことを教えてくれる先生かもしれんぞ。


復路

今日も爽やかなイケメン 山本優作 から 長老 いしはらとしひろ へ


突然の下品な発言、SNS上でしたら運営に報告しているところでした。
なお盛行とは、羨ましい限りです。
ちなみに、堅けりゃいいっていうもんじゃないそうですよ。
ナニが、ということはないけども。

緊張・・・動画の中でも言ってますが、僕は大変な緊張しいでして。
毎回途中で抜けちゃってリラックスできるんですけど、それでもやっぱり一曲目の前奏って一本のライブの中で一番大事なところですからねぇ。

緊張が少なくなっていく過程で『慣れ』っていうのはとても大きな要員ですけど、個人的には『覚悟』も大切だと思っていて。
これ、結構厳しい話しだから、動画の中じゃお互い触れなかったですけどね。
お客さんは時間と手間とお金を掛けて会場まで来てくれてるのに、そこで震えてるミュージシャンを見たってしょうがないんですよね。

コンビニのバイトの子がレジの使い方が分かんなくてあたふたしてると、まぁ見守っちゃろうって気持ちになります。
駆け出しの仕事人とお客さんっていうのは、実はいつでも持ちつ持たれつだから、それはそれでいいんですよね。
でもやっぱり仕事を提供している側は、早く一人前になってお客さんと楽しくいい仕事ができるようにならなきゃいけない。
そうしないと、お店が潰れちゃいます。
お客さんは優しいけど、いつまでも甘えさせてくれません。

そういう社会の中で、ミュージシャンはどうか。
これ、そういう意識でやりたくない人はそうしなくてもいいんだけど、

「何が何でも楽しませてやろう!」

っていう『覚悟』なんですよね。
ギターが上手く弾けるようになるのも、レジが早く打てるようになるのも、大きな意味じゃ同じこと。
ギター上手くなって、レジが早く打てるようになって、どうするのか。
そこに『覚悟』の差が出ますよね。

しっかりリハをして、オープンマイクや友達の前なんかで人目に触れておいて、「出来ないかもしれない」っていう不安を払っておいて・・・
”自分が緊張すると知っているからそういうことをしておく”のが『覚悟』ですよね。

甘えるスタンスでいるから、嫌われることが怖くなって緊張する・・・
『覚悟』を決めることで、少なくともこういうパターンの緊張はかなり解消できるようになります。
自分が楽しいことを提供する側の人間なんだって『覚悟』を決める。
それが一番手っ取り早い緊張解消法かもしれません。



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往復書簡録 その1 ライブの始め方って?
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