かっぱの今日のお薦め
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| 2003年 11月26日(水) レット・イット・ビー〜ネイキッド その5 ふー、やっと最終回。一つのテーマで、しかも毎回長文で5回連続、は初めてである。 燃えるテーマではある、ということなんだよな。やっぱり。 〆は「レット・イット・ビー」はナニに影響を受けているのか。です。 どんなミュージシャンだって、自分の今よりも前にある作品には有形無形の影響を受ける。それがゼロ、なんて人はいないだろう。 今回はレット・イット・ビーの栄養の素は?というテーマ。 これはもちろん、ジョン・レノンに聴いてきた、というわけではないからすべて推測、というか珍説である。 ビートルズに「レット・イット・ビー」を作らせたのは、「ベガーズ・バンケット」だ。 どうだ? 「ベガーズ・バンケット」〜乞食の宴会という意味のアルバムを出したのはローリング・ストーンズである。1968年、ホワイトアルバムと同じ年にリリース。 何せ、このちょっと前くらいの頃のストーンズは「彼らは二ヶ月遅れで僕たちのコピーをしているのさ」などとビートルズに言われちゃってるのである。確かこれを言ったのはジョンだったかな。 ブルース、R&Bにどっぷりのストーンズ。 もっとポップ&サイケな感じのビートルズ。 音楽的に重なる分はけして多くはないと思うのだが、確かにそう言われても仕方のないような部分はあった。 「イエスタデイ」が話題になると、ストリングスを入れたバラード「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」を出したり、「サージャントペッパー」すぐあとに似たようなジャケットで、真っ暗なサイケの「サタニック・マジェスティーズ」を出したり。たしかに「おいおい」なところはある。 ストーンズ自身も「サタニック」を出したときは迷いの時期だったらしい。 それをすこーんと吹っ切ったのが、「ベガーズ・バンケット」通称ベガバンである。 ここではストーンズのルーツに帰り、どろどろのしかし演奏的には洗練され、パーッカシブな部分も打ち出したブルーズをきわめて不良な感じで録音した。今に繋がるオリジナルストーンズサウンドの、この時点での完成形を見せつけたのだ。 多分ビートルズは相当びっくりしたと思う。 今まで「オレらの二ヶ月遅れだから」と思っていたちょっと後輩のバンドがいきなり、150kmの剛速球を投げるピッチャーに成長していたのだ。 「やつらもやるじゃん」から、「ひょっとしてやばいかも」くらいまで、気持ちが振れたのではないだろうか。 そしてまた、「ホワイトアルバム」という濃密な、そしてメンバーの中をちょっと気まずくさせてしまったアルバムのあとに、どういうアプローチに出るか、というのを考えたときに、「おーそうだ、ストーンズのやり方でいいんじゃねーの?オレ達も一回ルーツってやつを見直して見るべぇ」などと、なぜか神奈川っぽく訛ながら言っていたのではないだろうか? ボブ・ディラン「ジョン・ウェズリー・ハーティング」 ザ・バンド 「ミュージック・フロム・ビッグピンク」などの1968年作品も、状況証拠として挙げて良いだろう。 時代の空気がなんとなくアーシーな、バック・トゥ・ルーツ的な雰囲気があったのではないだろうか? クラプトンもクリームやめた頃だし。 そんな空気の元で、あるいはストーンズにびっくりして、とかで、レット・イット・ビーがこういう内容・曲調になっていったとしたなら(ホントに単なる珍説なんだけどさ)それはそれで素敵なことだな、と思ったのだ。 そう思ったきっかけは、今回のネイキッド、ちまたで噂の「ロング&ワインディング・ロード」や「アクロス・ザ・ユニバース」がストリングスなどの派手な装飾がなくなった、ということよりも、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」「ワン・アフター909」などが随分とブルージーで生々しく、かつかっこよく響いたからである。 僕的には「ロング&〜」よりもこっちの方が、よっぽど大事件だ。 かっこいいロックンロール・バンド「ザ・ビートルズ」がそこへ帰ってきたという意思表示なのだ、僕にとってのネイキッドは。 しょうもない、でもかっこいいロックンローラーなんだよ、あいつらは。もしヒッピーな時代でなければ、革ジャン着たかったと思うぞ、特にジョンとかジョージは。 というわけで、ほんとに熱く、暑く語ってしまいました。今回は。 こんな風に一つのテーマで燃えられるんだ、と自分にも感心。面白いもんだ。 11/24日(月) レット・イット・ビー〜ネイキッド その4 さて、ここでようやく。 フィル・スペクター登場。 まず、フィル・スペクターがどんな人か、簡単に紹介しておこう。 アメリカのレコードプロデューサー。元々は「テディ・ベアーズ」というグループで歌っていたのだが、そちらの方は早めに手を引いてしまい、50年代後半から、60年代にかけて、ロック、と言うよりはポップス寄りの名曲の数々をプロデュース。作曲も結構ある。 代表作は「ビー・マイベイビー/ロネッツ」「ダ・ドウ・ランラン/クリスタルズ」「リバーディープ・マウンテン・ハイ/アイク&ティナ・ターナー」そのほか数え切れないくらいの作品。 彼のプロデュースの特徴は良くも悪くも、彼の色が明確に出すぎてしまうこと。嫌な言い方で言ってしまえば、歌い手はお人形さん。歌も含めた「スペクター色」のサウンドがすべて。誤解を恐れず言えば、60年代アメリカにおける小室哲哉。 「ウォール・オブ・サウンド」といわれる、ユニゾンを多用した(たとえばピアノを二台用意させ、同じフレーズを弾かせたものを一発録りするなど)オーケストレーション。モノラル一発録りの独特の奥行き。そして独特のデュレイ的なエコーが売り。 もちろん時代ごとに音の感触は変化していくのだが、基本的な方法論は変わっていないようだ。まぁ、人が一緒なのだから、当然か。 収拾がつかなくなったゲットバック/レット・イット・ビーセッション。ついにこんな大物を引っぱり出してしまったのだ。 このフィルに頼む、というのがどこから出てきたアイデアなのか、僕の手持ちの資料からは分からないのだが、ビートルズからだったらジョンあたりだろうか? とにかく、メンバーに見捨てられたマスターテープを「発売するに足る状態」に持っていかなければならないのである。たいへんだ。 そもそも「歌謡曲のプロデューサー」に後始末を頼んだのだ。そこに「歌謡的な処理」をされても、文句を言えるはずがないと思うのだが。 僕は初めて「ロング&ワインディング・ロード」を聞いたとき、15才だった。もちろん、このようないわくつきのものだったとはぜんぜん知らなかった。凄く綺麗ないい曲だと思った。アレンジの善し悪しまでは判断できなかったが〜そもそもそんな基準で音楽を聴いていなかった〜知らないがゆえに、あの過剰なオーケストラも込みで、あの曲を好きだったような気がする。よくレコードと一緒に歌ってたしな。 この書き方だと、なんかフィル・スペクターのこと嫌っているみたいだな。 好きなんです。フィル・スペクターも。 彼自身はとんでもない奇人で、つい最近は「殺人疑惑」まであるみたいだ。人としてはきっと、つきあいにくい人なんだろうなと思う。 でも、人格と作品は関係ない。そういう意味で言ったら、ジョン・レノンだってかなりわがまま勝手できつい人だと思うし。 僕らはCDとかレコードで残された作品を自分の好きなように、勝手に慈しむ。それでいいと思う。金出して買った以上、どう聴いたって良いのだ。 ちょっととんだな。 フィル・スペクターのどういうところが好きか。 先ほど述べたサウンドメイキングの方法。それが好きだからだ。 フィルの場合、アレンジャーとしてジャック・ニッチェという凄腕がいたから、彼の貢献も大きいと思う。 とにかく、単純によい曲で自分好みのサウンドと言うことで、フィル・スペクターのプロデュースした曲は随分聴いた。そう、それはロネッツやクリスタルズとして聴いたのではなく、フィルの音、として好んで聴いていた。 そういう言う僕だから、当然フィル寄りなのは間違いない。ビートルズ純粋主義者の皆さんごめんね。 ことサウンドメイキングの部分を見ると、フィル・スペクターの作業は間違っていないと思う。 彼は「彼に求められていた」と思われることはあのアルバムの中で、十分にやっている。きちんとしたプロとして。 過剰と言われるオーケストラやコーラスも「それなりには」機能している。「アクロス・ザ・ユニバース」は今回のシタール&ギターのバージョンの評判はよいようだが、あの大仰なオーケストラに充分対抗できるだけの曲の強さを持っていたとも言えるのだ。僕はあのバージョンが悪いとはぜんぜん思えない。 もし、ジョージ。マーティンがストリングスを入れたのなら、もっとドライな辛口のマティーニみたいな使い方をしただろうが、そんなタラレバを言っても仕方がない。 僕としてはフィルのプロデュースに疑問が残るのは選曲及び曲順である。 「マギーメイ」「ディグ・イット」といったどう見てもスタジオ内での遊び、あるいは「埋め草」としか思えないものをどうしていれたのか?僕は「ディグ・イット」の次にレット・イット・ビーが来るのが嫌で自分で勝手に「ディグ・イット」と「マギー・メイ」を外して勝手に「ドント・レット・ミーダウン」と「オールド・ブラウン・シュー」を入れたテープを作ってそれをいしはら版「レットイット・ビー」として聴いていた。 僕もビートルズの「遊びの部分」も嫌いではない。「ワイルド・ハニーパイ」や「ユーノウ・マイネーム」なんて大好きだ。 でもレット・イット・ビーの遊び曲は、小粋さも洒落っ気もあまり感じられない。ホントに単なる埋め草にしか聞こえなかったのだ。 だから、今回のネイキッドに関しては言えば、曲順/選曲はネイキッド版がよく、「ロング&ワインディングロード」「レット・イット・ビー」「アイ・ミー・マイン」「アクロス・ザ・ユニバース」に関してはフィル版支持。 このネイキッドで僕が好きなのは「アイブガッタフィーリング」「ワンアフター909」「トゥ・オブ・アス」である。こういう曲は音が生々しくなった分、元気さも増して聞こえる。素直にカッコいいと思う。 わかった。今、上でごちゃごちゃ言っているとおりに自分でベスト版「レットイットビー」をもう一回作れば良いんだな。そうしよう。それが多分一番だ。 あともう一回分だけ つづく 11月22日(土) レット・イット・ビー〜ネイキッド その3 お薦め史上初。長文でここまで引っ張るとは。 前回を受けて。 なぜ、ゲットバックセッションは暗礁に乗りあげてしまったのか?原点に返って伸び伸びとやっていたはずなのに。 ここから先は僕の推測である。論拠の半分は僕が今までに読んだビートルズ関係の本。残り半分は一リスナーとしての、一ミュージシャンとしての勘だ。 やはり、一番単純な理由としては曲自体の出来が(録音や演奏の善し悪しではなく)メンバー自身が気に入らなかったのではないか? そしてもう一つ。 彼ら自身が思っていたよりも演奏が下手なことに幻滅してしまった。 断っておくがこのアルバムに納められているのはけしてひどい演奏ではない。ぜんぜん悪くない。だが、「演奏のみ」にスポットを当てた時「最上」でないのも、確かだ。 そして、このゲットバック・セッションに至るまでにビートルズが作ってきたのは、アレンジを練りに練り、オーバーダビングを繰り返しまくった「サージャント・ペッパー」や「マジカルミステリーツアー」「ホワイトアルバム」である。 単純に4人のみで演奏できる曲を、リハーサルを繰り返して演奏の精度を高める、というのはぜんぜん違うアプローチで2年半くらい活動していたのだ。 その中でできあがった「耳」にはちょっとあまりにもまとまりのないラフな音、に感じてしまったのではないだろうか?早い話が「オレ達ってもう少しうまかったんじゃなかったっけ?」というかんじだ。 僕のようなへっぽこと比べたらホントに罰が当たる話しだが、しかし、ミュージシャンたる者、ライブからあまりにも長く離れていると、そしてオーバーダビング中心のレコーディングばかりしていると、確実に下手になる。どんな凄い人でも、だ。 個人としての技量がどうこう、と言うより、「バンド感」が薄くなってしまうのだ。 もちろんビートルズは元々が高いレベルにあるから、「下手になった」といってもその辺のバンドとは較べものにならない。でも、彼らの頭の中にある「オレ達」の理想像とはきっとかけ離れていたのだ。 1969年1月のこのセッションは、フェイドアウトのような形で、メンバー自身に見捨てられてしまった。 エンジニアのグリン・ジョンズに「すべてを任す」という形で、ビートルズは「ケツをまくった」のだ。 実際グリンは少しでもよいものを作るべく、このセッションのテープから、2種類の「ゲット・バック」アルバムのマスターを作ったらしい。(僕はアンチ海賊版なので、当然聞いていないから内容になんとも言えないが)曲目表を見る限りでは今回のネイキッドにわりと近い形で考えられていたようなのだが。 しかし、このマスターを聞いたビートルズもEMIも却下。 かくして「ゲットバック」セッションはまとめようもないまま、宙ぶらりんになってしまうのである。 ようやく次でフィル・スペクターに触れられそうだ。 つづく 11月20日(木) レット・イット・ビー〜ネイキッド その2 このネイキッド、なぜ、「一皮むいた」状態で再発売しなければならなかったか、というと、これは正規版に対して不満があったからだ。 一言でまとめるとフィル・スペクターのプロデュースが気にくわない、というところだろう。 ここまで「剥かれて」しまったところを見ると、フィル色をすべて払拭した形で出したかったわけだ。 だが。 そもそもなぜ、フィル・スペクターがプロデュースすることになったのか。 ファンの方ならもうご存知だろうが、1969年の1月からレコーディングセッションが始まったこのレリビー・セッション(ゲットバックセッションと言われていたらしい〜原点に返れ、だ)ストーンズやイーグルスのプロデューサーとしても有名なグリン・ジョンズをエンジニアに迎えてセッション・録音を開始した。ここまですべての作品をプロデュースしていた、ジョージ・マーティンは総監督みたいな立場で、現場の細かいことはあまり深く関わらない、と言うスタンスをとっていたようだ。というかこの頃のビートルズの発言を読むと、ちょっと敬遠されていたような感じもある。 ゲットバック、が示すとおり、このアルバムにはこれまでビートルズが常用してきたレコーディングのテクニック/ギミックを極力使わず、ライブ演奏、もしくはそれに近いものを作品化する、と言う意図があった。 だが、このセッション、スタジオでの機材トラブルや演奏自体の今ひとつの身の入らなさ、などのせいで、暗礁に乗り上げる。ビートルズが途中で放り投げてしまうのだ。 ベストテイクを選ぶことすらせず、エンジニアのグリン・ジョンズにすべてを任せてしまう。「適当にイイの選んで、ミックスしておいてよ」と言う調子だったらしい。 だが、なぜ、ビートルズは暗礁に乗り上げてしまったのだろうか? 曲がイマイチ、そして演奏の切れ味も悪い...と言うことなのだろう、煎じ詰めれば。 だが、なぜそうなってしまったのか? この直接の原因は前のアルバムにあると思う。 「ザ・ビートルズ/ホワイトアルバム」だ。 「ホワイト」からビートルズは、録音機材として当時最新の8トラックのレコーダーを導入した。 また録音方法も変えて今までのようにリハーサルを重ね、アレンジや演奏が固まったところで録音、と言うのではなく曲ができたら、リハを兼ねながらすべてのテイクを録音。その中からよく録れたのをベーシックトラックとし、その上にヴォーカルやリード楽器を載せていくという方法を採った。 また曲によっては主にその曲の作曲者がほとんど宅録状態で、一人多重録音でベーシックトラックを録ってしまい、必要なリード楽器やコーラスのみを、他のメンバーに「頼む」ような形も多かったようだ。 「ホワイトアルバム」はロックの凄みをたたえた名盤である。僕は一番好きだ、ビートルズの中で。 でもこの録音方法がビートルズに亀裂を生み出したのは、まず間違いない。 僕もバンドをやっているし、録音も経験しているからよく分かる。もし僕がリンゴだったら、ジョージだったらたまらないだろう。 この方法を採りたがったのは、まず、間違いなくポールである。 でも、ポールもきっとこの方法で相当に詰まったのだ。 だって「ゲット・バック」というコンセプトを言い出したのはポールだったのだから。 そんなわけで原点帰りした、ビートルズ。 よい作品に仕上がりながらもみんながフラストレーションを抱えていた「ホワイト」と違ってのびのびできるはずではないか。 それがなぜ暗礁に乗り上げたのか? 続く 今回はフィル・スペクター弁護の予定だったが、とてもたどりつけんかった。この「ネイキッド」自体3回で終わらすつもりだったのだが、これは超大作になってしまうかも。 でも、これは長く書きますよ。題材としては面白すぎる。 また、後日。 11月18日(火) 絶対長くなりそうなので〜 ザ・ビートルズ「レット・イット・ビー/ネイキッド」 その1 出る前は絶対買うかこんなもん、って思ってたのにCD屋で見かけたら、5秒も経たないウチに手に取っていました。アテにならぬはワシの決意なり... そう、ブツはビートルズの「レット・イット・ビー/ネイキッド」 いや、店でかかっていた、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」が滅茶苦茶かっこよかったのだ。なんか、生々しくてさ。 今回のネイキッド、ご存知の方も多いと思うがざっと経緯を説明すると、ビートルズの最後のアルバム「レット・イット・ビー」の収録曲・曲順を変更し、そしてこれが目玉、プロデューサーのフィル・スペクターによって追加録音された(つまりオリジナルのレットイットビーには入っている)オーケストラや女声コーラスを取り除いて、極力オリジナルのビートルズが録音した状態に近いものに仕上げた、と言うのが売りである。もちろん他の曲もリミックスやリマスターを施し、手入れをしてある。 なんでわざわざ入っているものを、余計な手間をかけて取り除くかというと、ポールおじさんが「レット・イット・ビーのアルバムはワシの知らんうちに出てしまったのじゃ。ロング&ワインディングロードにあんな甘ったるいストリングスを入れるなんざけしからん」とかれこれ30年くらい言い続けていたからである。えーこれは半分ホントで、1/4推測で、1/4ウソである。 音のことをああだこうだ、言う前に。 どうなんだろ、こういうの。 僕は一音楽ファンとして ・欲しい音楽は必ずてめえの金で買う。 ・海賊盤は買わない。 ・それに準じてメイキングもの、オフィシャル・ブートレッグの類も買わない。だからペットサウンズボックスとかは買っていない。ビートルズアンソロジーも買っていない。 ・再発時のボーナストラックはオリジナルのアルバム破壊/ミュージシャンに対する冒涜以外の何者でもないので、即刻やめろ。 と言うようなことをポリシーとして持っている。 だから、大好きなジョージの「オールシングス・マストパス」もボーナス付きの再発にむかついて、いい音で聞き直したいと思いつつも買っていない。「イズント・イット・ア・ピティ」を聴くときはアナログ盤だ。 でもキンクスのアルバム再発の時はむかつきつつも、これを逃すと、キンクスのアルバムなんて完全に揃えるチャンスなんてなさそうな気がしたので、妥協して買った。 だって、いいじゃん、そこまでしなくても。 そりゃ人情として分かる。オリジナルから何年も経ってから出し直すんだったら、少しでも理想に近い形にして出したい。当時は悪徳マネージャーに騙されちゃってさぁ、なんてこともあるかもしれないし。 でも世に出てしまったものは、それはそれではないかい。 あとから実は...なんてのは商売のやり方として根本的に好かん。たとえそいつに芸術的価値がどれだけあったとしてもだ。もうちゃんと商品になって流通してしまっているのだから。 もし、どうしてもその作品が気に入らなければ、リスクは確実に増えるだろうが、もう一度リメイクせい。 それなら喜んでいくらでも買うからさ。 聴く方にだって節度はいると思うぞ。金出しゃ何でも良いってもんじゃないだろうよ。 だが、僕の高邁な主張も、自ら「ネイキッド」を買ったことで崩してしまったのう。ふはぁ。 「レット・イット・ビー/ネイキッド」は聴きごたえのあるよいアルバムである。 だからこそ余計に、それに金を払ってしまった自分に、いささかの居心地の悪さを感じる。 あー、いちいちめんどくせえな、オレも。 続く 今度はフィル・スペクター弁護だ。 11月15日(土) 今日は、またもや日本武道館へいってきました。 ニール・ヤング&クレイジーホース。 ついこの前はサンタナ。で今日はニール・ヤング。 音の傾向は随分違うが、わりと同時期にデビューした二人、ともいえる。 二人に共通して思うのは、もう50代後半と言う年など微塵も感じさせないパワー、元気さと現役感覚だ。 まず放出する、エネルギー量がすごい。これは現役第一線をずっと続けているからこそ、そしてその表現がずっと、ある程度の数の人に受け入れられ続けているからだろう。 ニール・ヤングは「表現」と言うことに置いてはとてもわがままな人で、演奏的に一番合うのはクレイジ−ホースだ、というのは十分に分かっているくせにクレイジーホースはあまりにも「不器用な天才達」なので、つい上手な人たちとも一緒にやりたがる。 ニールはレコーディングに置いては、かなりの浮気者で、彼の全アルバムのうち、クレイジーホースと組んで演奏したのは半分弱くらいの数だ。イメージとしては「ニール・ヤング&クレイジーホース」でずっと活動しているように思えるので、意外に少ない。 気持ちは分かるのだ。 ニール・ヤングは一つの色に思われ勝ちだが、以外と表現の幅は広い。それとかなり飽きっぽい。 ゆえに一枚、二枚濃密なアルバムをクレイジーホースと一緒に創ってしまうと、そのあまりの濃さと、限定された表現能力にいささか疲れてしまって、今度はスタジオ系のわりと上手な人たちと組んでリラックスしたアルバムを作るのだ。 それはニール本人にとっては自然な流れなのだろう。 だが。一ファンとしては、僕は断然クレイジーホースと組んだ演奏をとる。だって滅茶苦茶かっこいいんだもの。 クレイジーホースは、有名なグループの中では下から数えた方が早いくらい演奏技術はないが、しかしタフでラフな力強さ、ということでいったら上から数えた方が早い、という実に魅力はあるが扱いづらい、正に荒馬である。 ちょっと前のお薦め、でも書いたけれど、クレイジーホースはニールにとっての「魂のアンプリファイアー」である。彼の内面のぐずぐずを荒馬軍団ほど上手に表現できるグループはこの世に存在しないのだ。 今日のライブは二部構成。 前半の90分間はこの夏に出た新作「グリーンデイル」を最初から最後まで、アルバム通りにやる、というもの。(濃いなぁこれも)そして第二部は過去の代表曲を、というパターン。 この第一部がよかった。グリーンデイルというアルバム自体、一つのストーリーを持ったコンセプトアルバムなのだが、曲に合わせてそれを劇仕立てにして、演奏しているバックで俳優がマイム的に演じる、と言う見せ方。 これは結構効果的だったように思う。 僕はグリーンデイルを輸入盤で買ったのだが、日本語の訳詞はおろか英詞もついていなかったので、そのストーリーは理解できていなかったのだが、感覚はなんとなくつかめた。(ように思う)グリーン家のこの百年の盛衰記。そこに絡む世相や事件を風刺したり、「報道したり」という歌なのだと思う。 もちろん曲の世界はリスナーが勝手に想像するものだから、それを限定してしまう、というのではある意味マイナスかもしれない。でも、これは、それこそ日本のように言葉が直接は通じにくい国でも、少しでも伝えたい、と言うニールの意思の表れだと思う。 こういう人こそ、ポジティブなんだと思う。 そしてニールにも、クレイジーホースにも、まったく「成熟」なんて言葉が似合いそうにない。 このまましわくちゃになっても「ロックの北京原人」でいてくれ。 それにしても、ラルフ・モリーナとビリー・タルボットって二人とも絶対にスターって雰囲気じゃないよな。B級映画に出てくるヤクの売人みたいな風情がたまらなくかっこよい。 そしてフランク・サンペドロ、き、君はちょっと太りすぎではないのかね?コーラスが下手なのはご愛敬だが、ああいうカッコイイ音を出すのだから、もお少し、その... でも。 とにかく。 こんなカッコイイ親父達が元気でいてくれるだけで幸せだ。そして充実した演奏を聴かせてくれる。 第二部の一曲目に「ヘイヘイ・マイマイ」のイントロが聞こえてきたときには血管キレルかと思ったもの。 よかったでした。 11月13日(木) 見てきましたぁ。ミスター・サンタナ・ヒゲオヤジ。 11月9日(日) |
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