かっぱの今日のお薦め

 週に2〜3日 更新!!!

かっぱが その日の気分で音楽や映画、本などを紹介していきます。
日記代わりと思ってくれぃ。

今までの各月の分は、それぞれファイルにまとめました。


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2003年

10月28日(火)

ニック・ロウの1990年のアルバム、「パーティ・オブ・ワン」に収録の「ガイジン・マン」

もうこれも13年前、とはいささか信じがたいのだが、しょうがないな。年、は正にこういうところで感じるよ。

僕にとっての”暗黒の80年代”(あくまでも音楽リスナーとしてのね)、リアルタイムで好きだった数少ないミュージシャンだった。なにせ産業ロックとユーロビート全盛の頃である。あの80年代半ば、同時進行で好きなのはプリンス、スタイルカウンシル、ヒューイ・ルイス、エルビス・コステロくらいのものだった。そしてこれから書くニック・ロウ。

何回か書いたことがあるが、僕が音楽をやっていく上で師匠と仰ぐ人は何人かいるが、この人もその中の一人だ。しかも一番親しみやすい人。
なんか気の置けない冗談も言える親戚の伯父さん、みたいに勝手に思っている。向こうはいきなりぼくみたいのに、「甥です」と言われても困るだろうけれど。

この人の軽さが好きだ。
酸いも甘いもかみ分けた、そんな上での軽さ、明るさ。
なんか落語にでも出てきそうな感じの人だ。

この「ガイジン・マン」は原題も「Gaijin man」
ニックが来日公演したときの日本の印象を元に作った曲らしい。その時の日本公演は、きっと僕が見たやつだ。
題から想像つくように、日本に来たときにあちこちできっと、「あ、ガイジンだ」と言われたのだろうな。
1988年のことだったら、もうそんなにガイジンなんか珍しくない頃だろうが、ニック・ロウはかなりでかいほうだから(185くらいあるらしい)余計目立ったのかもしれない。

多分人の良いニックだって、あっちこっちで「ガイジン」と言われて、多分ツアーでそこそこの期間入れば、当然その意味も知るだろうから、ちょっとは(あるいはかなり)うんざりしていたに違いない。
だけど、「日出ずる国」(歌詞に出てくる)で味わった違和感をシリアスでなく、ひがんでいるわけでもなく、ひょうひょうと「アイム・ガイジンマン」と歌ってしまうところにこの人のセンスを感じる。好きだ。

今、ニックも50代なかばだ。(うーん信じたくない)こういう軽やかなオッさんになりたいよ。オレも。

10月27日(月)

このところ、「新しい音楽」ぜんぜん聴いていないなぁ。洋邦問わず。
いかんとは思いつつも、ぴりっと来る音がないのも事実だしな。
友達のバンドが自主で出したCDなどをわりと聴いているくらいか。
うん、プロの演奏よりも面白いの多いな、結構。
それにこのところ、自分のライブが多い上に、今週は作曲週間、来月はレコーディング月間、などという風に思って動いているモノだから、ホントに時間がない。新しいのを聴くのに体力使うのなら、聞き慣れたモノでなごみたい、というのがここしばらくの状態だ。

ベン・ハーパーのライブ「ライブ・フロム・マース」は最近よく聴いている。
わりと新しい、といっても出てから、もう2年くらい経っているが。

いわゆるなごむ音、とは程遠いのだが、なぜか、なごむ。
あ、ロックの熱さってこれだよな、というぎゃんぎゃんした音。その裏に流れる、ソリッドな緊張感。と入ってもメタル系とはぜんぜん違うけどね。この鋭さ、緊張感こそ気持ちいいのだ。
これでこそ、「聞いた気」になるし、聞き終わったあとの開放感がリラックスがを生むのだ。

それにこの人って曲がいいんだよな。ソングライターとしても大した人です。
お薦めだ。

10月24日(金)

今日は本のお薦めです。
重松清 著『流星ワゴン』

この重松さんの本を読むのは初めてだ。この数ヶ月、著者名には引っかかっていた。けっこうあちこちで名前を見かけるし、同世代らしい。
同世代だからどう、ってこともないのかもしれないが、やはり、同じくらいの年齢の人がどういう表現をしているのか、というのは気にかかる。
それがすぐれたものならば、なおさらだ。

感動しました。泣きましたです。ハイ。
ストーリーは細かくは記さないが、何もかも上手くいかない38才の主人公「僕」がふと、もう死んじゃっても良いかな、と弱気になった時、目の前になぞめいたワゴン車が現れ、それに乗って旅に出る...
自分の父と出会うのだが、なぜか父は自分と同じ38才。親子なのに、同じ年。実際の父はもう、死の間際にいるのに...

というようなところから始まる。
ストーリーの骨子は父と息子の相克である。そして上手くいかなくなった自分の家庭を顧みる物語でもある。
よくあるといえば、よくある話しだ。
だが、なんか身につまされる。
書き手も、物語の主人公も僕とほぼ同じ年だから、というのが大きな要素かもしれない。

僕は家庭すら満足に築くことができなかった。親しい人は知っているが、僕はバツイチである。
だからってそれでくよくよしているわけでもないし、別れたカミさんのことを思い出したりするのも滅多にない。
だが、ある種の欠落感はずっと抱えている。それは道理や良いとか悪いとかでは割り切れない種類のモノだ。

また、父親との関係。
飛び抜けて悪いわけではなかったが、良い訳でも全然なかった。
僕は父のことをずっと尊敬できずにいたし、若い頃には(いわゆる反抗期の頃には)ほとんど口もきかなくなっていた。
ある程度はなせるようになったのは25歳を過ぎてからである。
そして、わだかまりなくつきあえるようになったのは、脳溢血で倒れてからである。そこから死ぬまでの4年間。

父だって絶対に分かっていたはずだ。息子に「ひどく嫌われていると言うほどではないが、好かれてもいない」というのは。

父が脳溢血の入院から帰ってきたあとは、ほぼ下半身不随といっていい状態だった。
自力では家の中を伝い歩きするのがやっと。
だが、ベッドに寝たきりでは、ホントの「寝たきり」になってしまう。
それが恐ろしい一心で、僕もオヤジのリハビリには、かなりつきあった。(ってえらそうに書けるほどでもなかったかなぁ)

寝たきりが恐ろしい、という気持ちだって
・親父自身のため
というのと平行して
・寝たきりになると僕や母(実質的には母が90%面倒を見ていたわけだが)の、世話にかける手間が倍以上に膨れ上がるから
という「こっちの都合」もあった。

リハビリ、と称して一緒に体操したり、近所に散歩に連れ出したり、僕がしたのはその程度のことだ。
でも、一歩がほんの30cm位しか進めない父の手を取って一緒に歩いているとき、僕の中で何かが融けた。
脳溢血は、当然頭の中にも影響を及ぼしていたから、ちょっとろれつが回らなかったり、記憶力が悪くなったりと言うことはあった。
特別いっぱい喋ったわけでもない。
だけど、いやなわだかまりなしに、小さな時みたいに親父と接することができたのは、亡くなる前の半寝たきり期の4年間である。

そんな思いがフラッシュバックしてきたからかもしれない。
感動には個人的な事情だって大いに絡むものなのだろう。
泣けて泣けて仕方がなかった。

最後の4年間だけでも、ちょっとは近づけただけで、よかったのだろうな。

10月20日(月)

ちょっと久々だね、お薦め。
やっぱり連ちゃんライブはハードだな。でも売れてきたらこんなの当たり前だから、慣れておかなきゃな。
こういう種類の疲れはもう大歓迎。いくらでも、である。

そんなちょっぴり疲れた体に、最高に気持ちよかったのがこれ。
セロニアス・モンクの「モンクズ・ブルーズ」というアルバム。
1969年の作品だから、もう彼の活動後期といってよい。
普段のカルテット+オリバー・ネルソンという人の指揮するビッグバンド付き。
僕はモンクがビッグバンドと共演するのを聞くのは初めてだったので、「どんな演奏だろ」と、実に興味津々だった。

だってモンクである。あの妖しい音使いと独特のタイム感をもったモンクである。ビッグバンドなんかと一緒にやるとどうなるのだろう?

ものすごく気持ちいいアルバムだった。イージーリスニングといっても良いくらい。
だが、もちろんモンクのことである。よーく聴くとそこここに十二分に引っかかりはある。ただ気持ちいいだけじゃない。

この気持ちよさの聴いてすぐ分かる原因は二つある。
先にも書いたモンク独特のタイム感、今回のアルバムではわりとフツーなのだ。変なためやモタリがほとんどない。
もちろん僕はモンクの、あの「変なため」が大好きだ。でも、それがなくたって十分に面白い。
そして聴きやすい。初めてモンクを聴く人にこれを聴かせたら、「おっしゃれ〜」などと大変間違った認識を植え付けてしまうかもしれない。

ということは当たり前のことかもしれないけれど、「流麗な演奏」にはばっちりのリズム感が必要ってことだな。

二つ目の要因はオリバー氏のアレンジしたオーケストラである。
これが綺麗な流れを作っているからだ。

ただ綺麗な音を出す、という方に力が入ってしまうと、グレン・ミラー楽団になってしまう。好きだよ、グレン・ミラーだって。でも、スウィング感とかグルーヴ感にはちと欠ける。それほど多くのビッグバンドを聴いたわけではないけれど、僕がビッグバンドを聴くときの基準は、そのバンドがどれだけ吠えているか、である。
僕のもっている数少ないビッグ・バンドのアルバムの中では、ディジー・ガレスピーオーケストラのニューポートでのライブ盤は吠えていた度が高い。何を今さらな、カウント・ベイシーの「イン・ロンドン」も吠えまくっている。
このオリバー氏の指揮するオーケストラ、上記の二つほどではないが、適度に吠えている。適度に、ってのがどうなのよ、とも思うが。

でもこのアルバムにはちょうどよかったのだと思う。
「妙に行儀よく、きっちりリズムで弾くモンク」と「適度に吠えるしかし流麗なオーケストラ」
これが絶妙な気持ちよさを生み出したのだと思う。

いいよ、ほんとに。
秋の夜長にぴったりだね。

10月13日(月)

久々に外へ出ずっぱりだった。
自分でも気にはなっていたのだ。このところ人と深く話していないなぁ。そういうところから刺激を頂いていないなぁ、と。
もちろん、仕事が忙しかったりとか、自分の音楽の方の練習や曲作りに時間を割いていた、というのはある。それはそれでいい。
でも、やっぱり、人、ですね。
人との出会いが色々なモノを生み出す。何かを始めるきっかけになる。

この4日間、色々なイベントに顔を出したり、飲み会に行ったりした。
ずいぶん久しぶりにたくさんの人と話した。初対面の人も何人かいた。
自分できちんと手当しないと、オレのくだらない心は、すぐ固まってしまうのだな。
なんかかさぶたが綺麗にはがれたような気分です。
よかったよ。色々な人と話して。

もちろん会っている時にそんな小難しいことを考えているはずもない。
久々に頭が空っぽになるくらい良く喋った。それだけで充分なのだろう。

そんな気持ちを託せるとしたら。
キャロル・キングの、といいたいところだが、今日はこちらの人のヴァージョンで。
ダニー・ハザウェイの「ユーヴ・ガッタ・フレンド」をお薦めです。


10月7日(火)

ニール・ヤング&クレイジーホースが来日する。
今までに来たいわゆる、大物外タレの中では唯一と言っていいくらいの未見の大物。そして大好きな人。

つい先日、今までずっとCD化されていなかった「オン・ザ・ビーチ」がCDになり、購入。聴きまくっている。
こういうとなんだが、94年の「スリープス・ウイズ・エンジェルス」と肌触り、というかサウンドの触感が似ている。もっとも、「オン・ザ〜」の方は1974年の作品だから、「スリープス〜」の方が似ているというべきなのだろうが。

共通するのはまどろみにも似た、「ダウナー感」だ。どう聴いても高揚する音楽ではない。
かといって癒されたりもしない。
荒涼としたその果てに見える、かすかな優しさの破片、とでも言おうか。

ニール・ヤングはロックの北京原人だ。原初のパワーで突き進む。スタイルの古い新しい、などということはこの人にはあまり意味があると思えない。
吠えてくれれば、それが荒々しかったり、優雅だったり、それが芸風とも言えるが、とにかく吠えてくれれば、僕は満足だ。
そしてクレイジー・ホースがバックにつくときはそのエネルギーが倍加する。
クレイジーホースはニールにとっての魂のアンプリファイアーなのだ。

この人が「あー、よく吠えた」
というポイントと、僕らがそれにぶっ飛ばされるポイントが近づけば近づくほど、ライブでの満足度というか共感度は高まるのだろう。
聴く方だって体力がいるのだ、ニールの場合は。

というわけで、期待しているよぉ、ニール&荒馬軍団様。
11月の武道館では屋根が吹き飛ぶくらい吠えてくれ!

10月6日(月)

サニーデイ・サービス。
解散して早くも2年ほど過ぎてしまった。

彼らのことは「大好き」というほどではなかったけど、親近感はあった。なんか曲調やサウンドなどに「なんか他人とは思えない」と感じさせるモノがあったのだ。とプロの人に対しておこがましいかもしれないが、ホントに。

「スロウライダー」
曲調で言ったら、ファンキー、などと形容されるのだろう。
でもこのバンド独特のぎこちなさ。
リズムや音程も妙に危なっかしい。
だが、それが魅力に転じている。
天然だとしたら、羨ましいし、狙ってやったのなら、凄いとも思うし。

どうってことのないリフが延々続き、そこにどうってことのない歌詞がのる。特に盛り上がりもない。
なのに、全体として聴くと、乗れる。気持ちいい。
マジックだね、これも。

そして僕が目指していることの一つでもある。
がんばろっと。

10月1日(水)

もう10月。秋本番ですね。
つい先日ライブで仲井戸麗市のカバーをやって、それ以来、なんか気になってチャボのアルバムをよく聴いている。
今日は「麗蘭」だ。
チャボ「麗」市と元ストリートスライダーズ「蘭」丸のユニット。

男臭いユニット、とおもいきやチャボだから、そんな風になるわけない。
芯はあるけれども、でもなんとなく頼りなくて、途方に暮れてる少年風ではあるけれど、時に凛としている。
情けなさもよく出ていて、つまり「優しさ」とはこういう歌達のことを言うのではなかろうかと思うのだけど、どうだろうか?

ニューオーリンズ風味の「ココナッツ・バター」が美味だ。
お薦めです。



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