2003年
9月27日(土)明日、海老名シュガーでのライブイベントに出演する。その名も「カバーナイト」。出演者は自分のオリジナル曲をやるのではなく、「他人の曲のカバーバージョン」をやるわけです。全曲カバーなんて高校生の時以来だ。
普段とは違う燃え方、ですね。
僕は「ハリ・ジョージソン」と名乗り、ジョージ・ハリスンのカバーをやるつもりだった。が、急遽ジョージの曲は中止。
理由は簡単。だって難しいんだもの。
コピーはしてみたモノの、(コピー自体えらく大変だった)半音を多用した微妙な歌メロ、有機的に楽器が絡んだアンサンブル、アレンジが施されているため、アコギ一本ではぜんぜん感じが出ないこと、自分のあまりにもふにゃもらな発音...等々が相まって「これは無理」と判断してしまったのだ。
だから、明日はジョージではなく、仲井戸麗市、キンクス、のナンバーをいくつか取り上げることにした。
ステージに上がったら、まず改名宣言から始めなければ。
他人の曲をコピーしてみる、というのは、よく聴き込まないとできない。
普通に、曲を聴くのとは、「曲への入り込み度」がぜんぜん違うのだ。
ライブでやるのはあきらめてしまったけれど、今回ジョージの曲に深く入り込むことができてよかった。
よくできたパズルを組み合わせていくのにも近いのかな?
迷宮探索である。
「ジョージ・ハリスン」という名の小宇宙を旅することができたのだ。
貴重である。
コピーする過程で分かった、ジョージの音楽的な技巧や仕掛けなどは言及しない。
当然素晴らしくスリリングなのだが、それよりもなによりも、彼の愛、に今までより深くひたりこめたのが収穫だ。
あの頼りなげな声は、もの凄く深いのだ。
「ギブ・ミーラヴ」
この世界に深くひたりこめてよかった。本物だ。
そして切実だ。
9/20(土)
昨日は久々にクイーンを聴いた。言わずとしれた名盤「オペラ座の夜」だ。
聴いて あれ? と思った。
ボードビルっぽい感じの曲が3曲も入っている。
レイジング・オン・サンデイアフターヌーン
シーサイド・ランデブー
グッド・カンパニー
このアルバムが録音されたのは1975年。
そこではた、と膝を打った。
以下 珍説。
クイーン、というかフレディはキンクス好き?あるいは好きと言うほどでなくても研究していた?
僕はこの世界で一つだけバンドを選べ、といわれたら迷うことなくキンクス、という人なので、我田引水なのを承知で読んでください。
70年代前半、イギリスのバンドで、こんなかんじのボードヴィル系サウンドを得意としていたのはキンクスだけだ。時代はプログレ、ハードロック、グラムロック、告白系シンガーソングライター、はっきり言ってこの手の音は一番「アウト・オブ・デイト」だったはずである。
キンクスは70年〜75年くらいにかけて、(俗に言われる狂気と病気のRCA時代)まったく売れないロックオペラアルバムを続々と制作していた。特にいきっぷりがすごいのが73年の「プリザベーション1&2」。1、2で分かるとおり2組に分けて出したアルバム、しかも2の方は2枚組という、一つのテーマでLP3枚分というとんでもない量のアルバム。
キンクスは71年の「マスウエル・ヒルビリーズ」から75年の「ソープ・オペラ」にかけてどのアルバムにも必ず2〜3曲ボードビル/キャバレーっぽいアレンジの曲を入れていた。当時のブリティッシュの有名バンドではそんなことをやっていたのはキンクスだけである。
特にこの「プリザベーションはアルバム3枚に渡って、静かな村が悪党フラッシュとミスターブラックの地上げがらみの抗争にまきこまれ〜、という受けにくいストーリーを持つロックオペラアルバムで、しかもサウンド的にはボードビル調が多い、というおよそ売れそうもない作り。
同時期のフーの「四重人格」とは売れ行きも評価も天と地で、レイ・デイヴィスのピート・タウンゼント嫌いにはますます拍車がかかったと思われる。
音楽的・楽曲的にはクイーンとキンクスではじぇんじぇん違うが、歌詞のセンスなどはあくまで「部分的」だが似たものを感じる。
また、当時のキンクスのライブのスタイルは、正規のメンバー(G&Vo、G、B、Key、Dr、の5人)+ホーンセクション3〜5人、下品でケバイコーラス嬢2〜3人をつけて、当時の新アルバムのストーリーを、たとえばプリザベーションが最新作だったときは「プリザベーション・ショウ」をステージ上で再現する、という実に念の入ったスタイルだったようだ。レイの弟、デイヴは当時を振り返って「バンドマンだかアマチュア劇団員なんだか分からなかったよ」と語っています。辛かったんだろうなぁ。
だいたい、第一部アルバム再現ロックオペラショウ・第二部ヒットパレードという、なんだか新宿コマ劇場 五木ひろしショウみたいなものを想像すればよいのでは。徹底しているけど、当時のファンは疲れたろうな。
キンクスの日本公演(93年)を見たときも思ったが、レイ・デイヴィスは歌のひねた印象とは裏腹に、大変なショウマンで、大小色々な仕掛けで、観客を飽きさせない。
表現方法は違うけれど、そういう根本の精神もクイーンのステージングなどに影響を与えたのでは。
そしてまた、もう一つ、状況証拠を。
オペラ〜の「Lazing on the Sunday afternoon」
これってキンクスの1966年のヒット曲「Sunny afternoon」のサビの一節「Lazing on the Sunny afternoon」そのまんまだ。
もちろんパクリとかではなく、でもこの曲はイギリスでは大ヒットしたそうだから、そしてその時フレディは20才くらいだったはずだから、好き嫌いとは関係なく聴いていないはずはない。
もし、好きだったら、キンクスの曲に対するオマージュというのも含まれていたのかもしれない。
そうだったら嬉しいな。
以上、「今日のお薦め」始まって以来の珍説発表でした。
9/15(月)
これで大仕事が終わった。
9/13に「笑顔くらべ」というライブにソロで出演したのだが、7/22の天窓ソロライブ以来、この2ヶ月弱でライブ8本(ハロロック、ハロ波浪、ソロ、取り混ぜて)。ポエムリーディングを入れれば、9本のライブを行ったのだ。
スゲースケジュールだな。一週間に一本のペースだからね。今までの僕からは考えられない働きぶりでした。
もちろんこのハードスケジュール、大変だったけど、得るモノも多かった。一番大きいのは、このスケジュールを乗り切った、ということである。
7月半ばの段階で急に色々とブッキングが入ってこのスケジュールになったとき、正直に「やばい」と思った。何しろこんなスケジュールは今までになかった。部分的にきついのは今までにも何度もあったが、毎週ペースで9回連続である。
そのくらい、当然じゃん、というミュージシャンの方々も多いと思うが、僕はびびりまくりました。
が、承けた以上やるしかない。
自分がより強くなるための強化メニューじゃ。
前のお薦めで、尻切れトンボになってしまっていた、ブルース・スプリングスティーンの続き。
彼に週一のライブが大変で、などとこぼしたって、ハナで笑われるだろう。僕と比べたってなんの意味もないが、彼の場合は年間200〜250というようなライブを何年にも渡ってワールドワイドに続けてきたのだ。
アメリカの相模原、ニュージャージー出身の彼。
感覚として、近郊都市にいがちな、ちょっと鬱屈したヤンキー兄ちゃんに近いモノがあるのではないだろうか?
彼の歌によく出てくる、「ここから出て自分の生きる場所を見つけたい、行きたい。」というテーマ。
自分の中にたまるフラストレーションの発散のさせ方すら分からなくて、妙な暴走をしてしまう姿。
60年代後半にニュージャージーで育った彼と80年代前半に思春期を迎えた僕と。
別に無理矢理共通点を見つけることもない。
だが、彼のファーストアルバム「アズベリーパークからの挨拶」にこめられた性急なビートと、疾走する場所を見つけたいがゆえの疾走感、18才の僕にはとても他人とは思えなかった。
よく聞き込んだあのアルバム、惹きつけられたのはひょっとしたら、「都市近郊住民」のブルーズだったから、のかもしれない。
9月9日(火)
スプリングスティーンの話しが書きかけだが、それはまた、明日以降に。
僕がギタリストとして参加していたバンド、「拡大宇宙家族ハロロック」がおとといの9/7をもって解散した。第一回目のライブをやった海老名シュガーでの解散ライブ。これも縁だな。
お客さんも随分とたくさん集まってくれた。嬉しい限りだ。
大盛り上がりの中、演奏の方も我ながら「かっこいいじゃん」という出来だった。ロックンロールショウ、というのはああいうステージのことを言うのだ。(スゲーえらそうだがホントにそう思える)
客席録りのMDを聴いた限りでは新曲の「物語」の荒っぽさ、「Picnic a GoGo」の突っ走り具合、「ディアフレンズ」のこれ以上ない感情のこもった歌がグッと来た。もちろん他の曲もかっこよかったぜ。
解散。
もちろん残念だ。
やり残したことはいっぱいある。
未練もちょっとだけある。
だが。
終わったことだ。
後ろ歩きは辛い〜GoGoハロロックの歌詞より
だから、前に行くしかない。
ここは正念場だ。
グッと歯を食いしばって前に行かなきゃ行けないとき、というのが、しょっちゅうではないが、たまに訪れる。今がその時なのだろう。
そしてここを乗り切れれば、次に何かある、という漠然とした予感めいたモノはある。
小さな船で海に出るときが来たようだ。今は僕一人しか乗っていないが。
僕が今まで組んだ中で最高のバンド。
僕自身が最大のファンだった、偉大なるバンド。
拡大宇宙家族ハロロックをお薦めだ。
残された音源は2枚のミニアルバム。
「どうだべ」と「いいだろ」
僕にメールを頂ければ、通販でお届けすることもできます。この書き込みの名前をクリックすればメールも出せます。
「どうだべ」ドラムはスズケン
エレクトリック編成
1.Picnic a GoGo
2.GoGo ハロロック
3.サクラサク花模様
2002年 4月発売 700円
「いいだろ」ドラムレス アコースティック編成
1.シーソー
2.セクシーママ
3.キミノタメニ祈ルヨル
4.ディアフレンズ
5.GoGoハロロック アコースティックバージョン
2003年5月発売 1200円
今日は商売、入ってます。
名盤です。買ってください!
お薦めです。
9月6日(土)
生まれ育ったところと音楽、ということで考えてみた。
といっても好きなミュージシャンがどこで育ったかなんて、ほとんど知らない。
知っていたとしても、その場所がどんなところか?なんてことも知らない。だって相模原育ちで、旅行で行ったところだってそれほどはないし。
日本国内だって、たとえば「オレは岐阜県育ちだ」といわれたって、文字で読んだ知識以上のイメージはあまり湧かない。
じゃ、このテーマ成り立たないじゃん。まぁ、そういわずに。
ブルース・スプリングスティーンは普通に好きなミュージシャンだ。
普通に、というのは好きな曲もあるけれど、イマイチな曲もあるし、そのイマイチな曲には特別な愛情はもてない、ということだ。もちろん写真を部屋に飾ったりはしない。
これがキンクスだったら、誰がなんと言おうと、駄曲なんぞ存在しない。レイ・デイヴィスの自伝的小説「X−RAY」だってちゃんと読んだ。
その「普通に好きな」ブルース・スプリングスティーン。
彼はアメリカのニュージャージで育ったらしい。僕はアメリカに行ったことはないから、ニューヨークもニュージャージーも知らない。せいぜいニュースや映画で見た映像がおぼろげに頼りなく浮かぶくらいだ。
ニュージャージーはどうもニューヨークへ通勤する人のベッドタウンらしい。NYから車で4〜50分くらいらしい、どうも。うーむ、伝聞形ばかりで疲れるな。
ということは。
ここで超・無理矢理な設定。
ニュージャージーはアメリカにおける相模原だ。
僕が知っていることで、おそらく共通しているのは大都市近郊のベッドタウンであるということだけ。
なんとまあ強引な。
そんなアメリカの相模原出身のスプリングスティーン。
彼の野暮ったさに、都市近郊住民の匂いを感じてしまうのだ。
僕ももちろん野暮ったい。粋なものが好きで、憧れてはいるが、どう考えても、野暮天だ。
都市近郊住民の特性の一つとして、「都会は電車で4〜50分かけて行くところ。住むところじゃない」というのがあると思う。もちろん当てはまらない人も大勢いるだろうが、ずっぽり、な人も結構な数いるはずだ。
あーきょうは長いけど、ちっともケツへたどり着かないな。
そういう日もあっていいよね。
以下、明日以降の気の向いた日に続く。
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