| 2003年 7月31日(木)
前にも書いたかもしれないが、僕は朝、CDをタイマーでセットしておいて、それを目覚ましのベルがわりに聴いて起きる。
この2ヶ月くらい、とりあえず、朝は日本のものを聴いて起きる、というのが習慣になってしまった。
一度、目覚まし用にセットされたCDは大抵一週間くらいはそのままなのだが、(何せ毎日取り替えるのは面倒だ)今週は小澤健二の「犬は吠えるがキャラバンは進む」をセットして置いた。
で、今朝なにげなくジャケットを見て愕然とした。
製作年1993年。
ファンの人なら、驚くまでもなく当たり前じゃん、と思うだろうが、僕の中では「つい4〜5年前」のような感覚がずっとあったのだ。
フリッパーズ・ギター、というユニットは、そのセンスや才能は認めつつも好きではなかった。
「ふん、気取りやがって。」である。理由は。
なんかしらんが、ハナについたのだ。
だが解散後の第一作に入っている「天気読み」がラジオから流れてきたときは、耳が釘付けになった。
ごつごつのサウンドとヘタッピな歌。フリッパーズからかけ離れた、なにか荒涼とした感じ。
うむ。これはカッコいい。
これは、今聴いてもぜんぜん古くない気がするよ。
この荒涼/殺伐の二歩手前くらいの感じは、常に時代の底にうごめいているのかもしれない。
見事に1993年を切り取っていて、なおかつ古びない。
えらい。
そう思える、思ってもらえるものを、僕も作りたいな。
7月28日(月)
デュークス・オブ・ストラストフィア、といっても知らない人が多いと思うけど、これ、XTCの変名バンドです。企画もんらしい。
85年頃出たのだけど、今でも良く聴く。
XTCも好きだけど、はっきり言ってこちらの方のファーストの方が聴く度数は多いかも。
だって面白いんだもん。
テーマは明確。
彼らが青春時代を過ごしていた60年代中頃のサイケデリック・サウンドを、85年に時点でかっこよくリメイクしたいという、言って見ればただそれだけのアルバムである。
1967年くらいのビートルズ、ピンクフロイド、ドアーズ、ジミヘン、ジェファーソン・エアプレイン...そんなあたりの音だ。
オクスリくさいかんじ。
やばめ。
でもアンディ・パートリッジは多分オクスリもやっていないだろうし、そんなにキレタ人でもない。偏屈で頑固、というのはあるかもしれないが、ジミヘンみたいないききった凄みはない。そういう意味ではいたってノーマルな人である。
でも、面白いんだね。
普通、こういうパターンで作ると〜つまり過去のあるものを懐かしんで作るような〜大抵ぬるい作品になることが多い。確かに愛は感じられるのだが、何せ必然性が薄く、単なる趣味の延長でやっていることが多いからだと思う。
彼らのは違う。
推測。
「オレは本当は1965年にイギリスの音楽シーンにデビューして、こんな音楽をやってみんなをアッと言わせたかったんじゃい。
20年遅かったが、いまは1967年だと心の底から思いこんでやるどぉ。
いいか、ものどもぉぉぉ!!!!!!」
なんか森の石松みたいな人になってしまったが、それくらいの気持ちでやっているんじゃないかな。
あとはアンディのセンスとXTCというバンドの演奏表現力だ。
そして彼らはそういうモノを表現するのに十分な技術を持っている。
楽しいサイケ、なんて多分これしかないだろうな。
ああ、楽しい。
いいね。
7月24日(木)
音楽、にはじめてガツンとやられたのが、14才の時。
曲を作り始めたのが、21才くらい。
ライブをやり始めたのが、25才。
プロとかそういうのを目指してがんばったのが、28才から30才。
そういうことを考えずに、楽しみつつ音楽をやったのが、31才の一年間。
32才から36才まで、掃除の仕事で稼ぐため音楽は完全休業。4年半のブランク。
そして36才で復活以降、今に至る。
今は?
ソングライターとしての成功を目指している。どこまで通用するかは分からないが、自分なりに、作った曲に対しては「いけるのでは」という手応えは感じている。
パフォーマーとしては?
今現在そこそこの実力でしかないのは分かっているが、今よりも常に上の表現力を目指している。
自分が演奏することに関しては、稼げる稼げないに関わらず、一生続けていく。どうせやめろったって、やめられるわけがないし。
要するにギターを弾いたり歌ったりすることが好きだ。根っからと言っていいな、やはり。
休業している四年半、もちろん仕事に一生懸命だったのだけれど、なにか今ひとつ満たされない感じがつきまとっていた。音楽を再開した途端にそれがなくなった、といったら言い過ぎだが、薄れたのは間違いない。
休んでいる間、音楽を聴いてもあまり感動しなかったし、心をふるわせることも少なかった。
1999年の暮れ、マイルズ・デイヴィスの「スケッチ・オブ・スペイン」を聴いた。初めてのマイルズ、初めてのジャズである。
最初に聴いたときは、漠然と良いな、とは思ったものの、正直長くてかったるいな、とも思った。
何度か聞いていくうちにじんわり滲みてきたのだ。深い感動は久々だった。
音の組立の精妙さに惹かれた。不思議な響きの数々。
この謎に少しでも深く入り込みたいと思った。
それが帰ってきたきっかけの一つかもしれない。
感謝。
7月22日(火)
今日は自分のライブ。
だからこれを書いている場合じゃない、というほど切迫しているわけでもない。
もちろん多少のの緊張感はあるけれど、わりとリラックスしている方かな。まぁ、初めてライブをやるわけではないし、ハロロックではそこそこの場数は踏んでいるわけだし。
わりと心地いい緊張かな、これは。
で、そんなこととはまったく関係なく、今日のお薦めはaikoの「カブトムシ」だ。
多分、セカンドアルバムに入っている曲。シングルにもなったな。
まず歌詞が切ない。
が、このページでは歌詞にはあまり触れないことにしているので、「切ない」でおしまい。いい詞です、もちろん。
そして。
メロディがいい。
Aメロだけでも良いのに、サビなどの転調の入れ方がとてつもなくカッコイイ。特にオオサビの一番最後など、なんで?というくらい奇異な転調の仕方だが、ツボにはまる。気持ちいい。
考えずに天性でこういったのだとしたら、もの凄い人だ。
メロディアスで、ポップで、今の女の子に十分にうけるのだろうなぁ、と思いつつ、彼女のヴォーカルのブルージーさ。ジャニス系のくさ味のある「ブルージー」ではなく、可愛いのだが、体の奥の方からにじみ出てくるブルーズ。
そこに共感、というか反応してしまう。
素晴らしい。
7月19日(土)
今日は本で。
永倉万治著「大青春」
幻冬舎文庫刊。
もう亡くなってしまってから3年たつが、僕にとってはエバーグリーンの作家だ。
この「大青春」はエッセイ集なのだが、そして僕はエッセイの類はあまり好きではないのだが、この本は大好きだ。永倉万治も大好きだ。現在進行形でね。
こんな風になれたらな、と思う上の世代の人、というのはあまりいない。でも、この人はそう思える数少ない人だ。もちろん面識があるわけではないので、彼の書く小説やエッセイを通してしか知らない。ひょっとしたら僕の大誤解で、性格極悪の人かもしれない。
風通しの良さを感じるのだ。彼の文から。その気負わなさ加減。
この人は「達人だ」と思った。
一回読んだくらいでは分からない。何冊もこの人の本を読んでやっと分かった。
いや、難しいことを書いているわけではない。
だからこそ。
分かり易いことを、軽やかに分かり易く伝えるのは、凄く難しいことなのだ。
すっとぼけ加減と力の抜け具合。
それと裏腹な「熱さ」
もう、大好きだ。
そして結構力づけられたりもした。この人の本から。
40才で脳溢血に倒れ、(僕の父もそうだったから、大変さは少しは分かる)そこから血の出るようなリハビリに励み言語障害も克服して作家活動を再開。根性だのガッツだのがなければできるわけがない。
でも、そういうことをも乗り越えつつ、軽やかな風を吹かせる。並じゃないぜ。
憧れ、というのは「かくありたい」と思ってもなかなかそうはなれないから、起こる気持ちだ。
かくありたい。
7月18日(金)
たまたま街で(有線か何かだと思う)マービン・ゲイの「ヒッチハイク」がかかっていた。
ストーンズもカバーしている曲だ。
久々に聴いて想った。
マービンって、声自体がファンクしている。
きっと厳密にいえば、ヴォーカルのリズム感やアクセントの付け方が絶妙なのだろうけれど、なんかそういう分析はなしね、といいたくなる。
あの声だけで、ファンキー。
ヴォーカリストとして最高なのではないだろうか?
マービンは、さほどアルバムは持っていないけれど、好きな歌手だし、凄いとは思っていた。でもちょっと細い声だし、イマイチ、パンチに欠ける、などとも思っていたのだが、「失礼しました!」という感じだ。
もう一回マービン・ゲイを、ちゃんと聴き直してみなくちゃ。
ひょっとして、これも「天与の才」というやつか?
最近自分のソロライブに備えて、歌の練習も結構マジメにやっている。
僕なりにがんばっているのだけれど、やはり、どう考えても上手くはないし、表現力に乏しい歌に我ながらがっかりすることもある。
もちろんライブに来てくれるお客様には絶対損はさせません。
がむばります。
でも。でもね。
あ〜、やっぱないものねだりだ。
僕をマービン・ゲイと、比べるのが間違っている。すんまそん、マービン様。
僕は僕なりだ。全力を尽くします。
でも、羨ましい。
むはは。
7月16日(水)
この前、練習スタジオに行ったときにそこの店員さんと雑談をしていて、核心をつく、というか原点帰りの発言を聞いた。
「バンドやってるからにはモテたいっすよねぇ。」
目から鱗。
ってほどでもないが。でも。
そうだよ。
これじゃん。
ガキが音楽始める動機なんて。
もちろんガキじゃないけどさ。
なんか今、ギターを弾き始めたばっかりの中学2年生でも言いそうにないせりふではある。
音楽性だの作品としてどうだの、上手に演奏できるだの以前に、やっぱこれだよな。すっかり忘れていたよ。いかんいかん。
もちろん今の僕はこれだけではやっていないし、また、できないと思う。
でも、良い曲を作ろうとがんばったり、カッコイイ演奏をできるよう、練習したりというのは、結局、人に認められたいからだ。
「いい演奏だったね」「かっこいいね」「〜の曲に感動した」「面白かった」というような反応を得たいよね、ライブをやるからには。
大まかにまとめてしまえば、「認められたい」ということだ。「もてる」というのも当然その中に含まれる。
いくら自分で納得していて、満足のいくものを作ったとしても、よい評価が一つも得られなかったら、それは悲しい。結構辛い。
過去にズタボロのひどいライブをやったことだってあるからよく分かる。同情や哀れみの混じった視線ほど辛いものはない。
と原点帰りしたところで。
その店員さんとは「ソウルジャズ好き」というところで好みが合う。
今日はそんなもてそうな、ワルそうな音楽を。
ブッカー・T&MG’Sで「ブートレッグ」
歪んだギターとオルガンの絡みがかっこいいぞ。
モテそうだ。
7月15日(火)
真心ブラザーズの「拝啓 ジョン・レノン」をこのところ目覚まし時計のかわりにしている。
正確に言うとこの曲の入った真心のベスト盤CDなのだが、一曲目に「拝啓〜」が入っているので、一番、しっかりと聴くことになる。
最初聴いた時には、なんかぬるい曲だな、と思った。放送禁止になったそうだけど、別に亡くなったジョンをバカにしてるってほどでもないし。だいたいジョン・レノン本人はそう言う意味では、この歌の歌詞よりも洒落のきつい(あるいは洒落にならんくらいきつい)人だったし。
でも、ゆっくりと、何回も聴くと良い曲だな。
歌の作り手としての気持ちが良く出ているよ。一人の歌つくり・倉本陽一が鎮座している。僕もひとりの「歌つくり」として、なんだか身にしみる。
この曲はジョン・レノンへのラブレターではなく、歌の作り手としての苦悩、そして「なんか、ひとつ抜けたぞ」ってかんじを歌にしたものだと思う。苦しかったんだろうな、倉持氏も。
ぼくは歌を作るので金を稼いだこともないし、今のところ職業でもない。職業にしたいとは思っているけれど。
だからかどうか、歌を作るので苦しんだことはない。途中で詰まったらやめて、寝かせて置く、なんてことがいくらでもできてしまうからだ。
でも、早くその作業で苦しい、くらいのポジションまで行ってみたいな。そういうのってある程度売れてからじゃないと起こり得ないからね。
がんばろっと。
7月10日(木)
クレイジーケンバンドは単に好きと言うだけでなく、ある意味、目標のバンドだ。
歌謡センスと神奈川としか言いようのないローカル&ヤンキーセンス。
遊びとショーマンシップ。
骨格のしっかりとしたメロディ。
洒落の効いた歌詞。
演奏力はばっちり。でも上手さに溺れず、粋だ。
ライブは一度しか見たことがないが、とても楽しい、お客を満腹にして帰すエンタメロックショウだった。
実は僕のやっているバンド「ハロロック」も『お客さんに対する見せ方・姿勢』という意味ではずいぶん参考にさせてもらった。(あ、あくまでワシ個人的にね)
こういうのってなかなかできないよね。
芸人根性と音楽性の一致。
クイーンとCKBが僕の中で双璧だ。
新作「777」
具体的にどの曲が、とか演奏のどの部分が、とかという気にならない。全部良いし。批評的なことを書く気にもならない。
洒落っ気があってしかも猥雑。
いいオヤジがこういう音をいけしゃーしゃーと出している、ということ自体素晴らしいことなのでは?
目指します!こういう姿勢。
7月9日(水)
ウィングズのファーストアルバム「ワイルドライフ」は勢いのある楽しいアルバムだ。
ビートルズを脱退して2枚のソロアルバムを出したポール、「やっぱおれはバンドだぁ」ということなのだろう。
2週間だか3週間だかで録ったとライナーに書いてあったが、ま、サージャントペッパーの緻密さとは180度逆の世界。勢いのみ。
よかろう。
よいではないか。
「もうちょっと詰めればもう少しは...」と思うところもなくはない。
でも、ポール、こういう音を出したかったたんだよ。
完璧主義のアレンジおたくにも一人でぼちぼち宅録にも、きっと飽き飽きしたんじゃないかな。
だからやたら勢いだけの、でもバンド結成時にしかあり得ない勢いに満ちた音をラフなまんまで記録したかったんだよ。
「ビップボップ」なんて意味不明だけど、目茶かっこいいぞ。
いいね。
7月4日(金)
カーペンターズの「「オンリー・ジャスト・ビガン(愛のプレリュード)」。
カーペンターズはよい、などと今さらワシが力説せずとも、未だに大変人気がある。ビートルズやS&Gのように。もう、完全に「スタンダード」として認知されているということだろう。
だが、自分としてはあまり、好きではなかったのだ。いちおうベスト盤一枚は持っているが、それも、まさに一応、ってかんじ。
曲は素晴らしく良い。アレンジ・演奏もプロフェッショナル。そして自在なカレンのヴォーカル。文句のつけようなどないではないか。
でも、好きではなかったのだ。
まず、カレンの声がダメだった。自分的にはダイアナ・ロスと並ぶプラスティック声。
こういうのはかなり生理的な好みだから仕方ないとも言える。
そしてあまりに完璧なサウンドプロダクション。これがダメだった。
僕はビーチ・ボーイズもフィル・スペクターも、バーバンク系ソフトロックも好きだ。カーペンターズを嫌いになる要素はどこにもない。
今なら分かる。ビーチボーイズにもフィルにもあって、カーペンターズにないもの。
それはサウンドのねじれ感だ。狂気といってもいいと思う。
今なら分かる。ブライアン・ウイルソンもフィル・スペクターも充分おかしい人だったし、作品にもそれがにじみ出ていた。だからこそ、エバーグリーンとなり得たのだ。滋味豊かなのである。
カーペンターズはその狂気を消毒してしまった。負を背負い込んだのはカレンその人だ。表現に狂気をにじませることなく、本人が徐々に壊れていった。
ブルースのかけらもないカレンのヴォーカル・完全無欠なカーペンターズサウンズは、彼女のバランスが壊れていくことを生け贄として要求したのだ。
「オンリー・ジャスト・ビガン」
まだデビュー間もないカーペンターズ。のびのびと、歌っている。
ひょっとすると、なんの心配も憂いもなく、ただ歌や演奏を楽しめていた時期かもしれない。
久々にカーペンターズを聴いて想った。
カレンに合掌。
7月2日(水)
リンキンパークの新作(といっても数カ月経っているけど)「メテオラ」とエルビス・プレスリーのグレイテストヒッツを同時に買った。
なんで、といわれても困る。
リンキンパークは前作がバカ売れしたとのことで、またメンバーに日系人がいたりということも気になってチェックしていたし、エルビスは大有名な「監獄ロック」や「ラブミー・テンダー」「ハウンドドッグ」くらいしか知らないので、一応抑えておこう、くらいの気持ちで買った。しかもエルビスは中古アナログ800円である。
どちらもいい。
もちろんいい。
比べるものじゃないってのも分かっている。
でも...
今までこの文章につきあってくださった方なら予想つくかもしれないが、ワシ的にはエルビスの方がいい。興奮する。かっこいい。
もちろんリンキンパークが悪いわけではない。音はハードでカッコイイ。ヒップホップもスラッシュメタルも飲み込んだ今の音だ。
だが、そこには余裕とか救いといったモノが存在しない。
もちろん本人達もそんなモノは求めていないのかもしれない。
が。とんがってていきがってて、なおかつ余裕や粋さが感じられるエルビスの音の方が好きだ。チャック・ベリーと並ぶロックンロールの始祖に向かって今さらだが、今まで、ビートルズやビーチボーイズやキンクスや60年代R&Bほどには聞き込んでいなかったのだからしょうがない。
でも、もう50年前だぜ。なんでこんなにカッコイイのかな。かといってエルビスだけ聴いてりゃいいとも思えないしな。
ロックンロール、というスタイルは偉大なる発明だった。それはエジソンの電球と同じくらい革命的な革命だったのだ。
そいつは僕の中に、間違いなく血の一部として入っている。そいつを拡散させなきゃな。
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