| 2002年 12月24日(火)
ジョー・ストラマーが亡くなった。
今朝の朝刊に、ひっそりとでていた。
クラッシュのヴォーカルだったあの人。
僕にとってはロックを聴き始めた頃、リアルタイムで活躍していた人である。
正直言って「大好き」だったわけではない。
僕が今持っているのは「ロンドン・コーリング」とベスト盤だけだ。
友達が大好きで、その彼に「ロンドンコーリング」や「コンバットロック」をかしてもらったおぼえがある。
高校生で金がない僕はそれをテープにコピーして聴いていた。
その頃、ストーンズが大好きだった僕には今ひとつ、ピンとこなかった。音の薄さや、素人にも分かる演奏の下手さが気になってしょうがなかったのだ。いや、ストーンズだって上手いバンドではなかったけれど、なんか音の深み、みたいなモノが違う気がしたのだ。
そのクラッシュの味、というか良さが分かるようになったのは20才くらいになってから。(遅い)
ある日、ロンドンズ・バーニングやクラッシュシティロッカーズの性急なビートと粗さが、「自分のモノ」として感じられるようになった。
当時、クラッシュと並び称されていた、ジャムには最初からすんなり入っていった。ポール・ウェラーとは「合った」のである。
なかなか入り込めず、バンドとしての旬が過ぎた頃にようやくリアルに感じることができるようになったバンド。
で、そんなオリジナルパンクの人たちも鬼籍にはいるようになってしまったのだなぁ。イアン・デューリーが亡くなったときも「え?」と思ったけど。
ジョー・ストラマー、享年50才。
早いよなぁ。
さほど熱心なファンではない僕のお薦めは、ポップ好きの面目躍如ということで、「スパニッシュ・ボム」(ロンドン・コーリング収録)。
あの世にも駆け足で行ってしまったロックンローラーに合掌。
12月4日(水)
ジョージ・ハリスンが亡くなって一年が過ぎた。
早い。
この間、僕はどれだけ変わったか?
いや、変わりました。人格の面でどれだけ変わったかはよく分からないが、音楽・バンド面でこんな変わった一年は今までにない。
ハロロック様々である。
ま、今日はジョージのことを語ろう。
「ジェントル・ギター・ドリームス」という日本のミュージシャンによる、ジョージへのトリビュートアルバムがある。
ムーンライダーズや高野寛、コレクターズなど、ある意味ぱっとすぐ想像できるメンツが並んでいるのだが、その中で、沢田研二の歌う「サムシング」は出色の出来である。
13曲収録中一番良い。
歌心。これにつきるのだ。ジュリーがどれだけジョージのことを好きなのか、僕は知らない。
だが、歌への愛はこの曲のワンフレーズを聴いただけで、びしびし伝わってくる。
もちろん十二分に上手い歌なのだが、それを越えた何かが確実のこのトラックにはある。
これは年輪なのかなぁ。
最近ライブハウスなどで歌を聴いていても、(特にまったく知らないバンドやシンガーを)上手い歌、には出会うことはあっても心を打たれる歌、には滅多に出会わない。
そのなにか、がなんなのか、時々考えてしまう。
このトリビュート、ジョージへの愛溢れまくっているモノから、「おまえ、ひょっとしてただのお仕事でやってねぇだろ〜な?」と言いたくなるようなものまで、多彩である。というか玉石混淆である。でもホントにすごいのが1曲入っているだけでもよし、なのだろう。
ジュリー以外にはムーンライダーズ、野宮真貴のトラックが良かった。曲はジョージだからね。悪いわけないんだけど。
12月3日(火)
今日は久々に本のお薦め。
小泉文夫著「音楽の根源にあるもの」平凡社新書
小泉文夫は音楽・文化人類学者だ。
この本の中で、エスキモーの音楽、について語っているところがある。
エスキモーといったって北極も広いし、いろいろなエスキモーがいる。その中でも海辺にすんでいて捕鯨などを中心とするエスキモーと、もっと内陸に住んでいて狩猟を中心とするエスキモーの音楽の違いについて語ったところがある。
端的に言ってしまうと、「捕鯨組」の方が音楽的にリズムも複雑・高度でハーモニーもある音楽をやっている。
「狩猟組」の方は個人個人では味のある歌を歌う人もいるのだが、基本的に合唱や合奏ができない。みんなで一斉にやってもバラバラな演奏になり、アンサンブルにはならない。
どちらがよい・わるいの問題ではなく、そういう違いは歴然とあるそうだ。
ここで小泉さんの洞察。
「捕鯨組」は捕鯨という作業自体、一人ではできない。その村全体の共同作業である。
捕鯨は、技術的に高度でかつ、たくさんの人が各持ち場持ち場で、他の人の動きと協調・呼応しつつ、動かなければならない。
なにせ生きていくため、食っていくためだから必死である。
一方、狩猟組。
こちらの村は主に個人個人で勝手に動いて動物を狩る。
動くのは個人からせいぜい一家の単位。
あくまでも個人の才覚、技量の世界。
もちろんこちらも食うために必死なのだが、あくまでも個人単位の戦い。
この生活に挑むスタイルの違いが、そのまま音楽に出ているのでは?というのが小泉さんの説である。
本の中ではこの説を裏付けるべく、いろいろな調査・例証をあげているのだが、長くなるので、引用はここまで。
つまり、何人もで力を合わせて、高度なことを分担して、皆の呼吸を合わせながらやらないとできないようなことを、常日頃からやっているから、ハーモニーやポリリズムということが感覚として自然にできるのではないか?
また捕鯨がないときの捕鯨への訓練として、音楽が存在しているのではないか?皆の呼吸を合わせるために。
逆にそういう意味での協力・協調がさほど必要ない「狩猟組」はハーモニーなどという概念自体がないのではないか?
ものすごく興味深い。
僕はこれを読んで嬉しくなった。
「狩猟組」の味わい深い独唱もきっと素敵なモノだと思うよ。
でも、鯨を捕るためにみんなの「ハーモニー」が必要で、それがそのまま音楽にも現れているのだとしたら、それは豊かだなぁと思いう。
僕がやっているバンド、ハロロックは?
もうすぐ、でっかい鯨をつかまえるよ。
その為に特訓中。
つかまえにいこうぜ!
11月14日(木)
昨日、ポール・マッカートニーのライブを見てきた。東京ドーム。
曲目とか、何をやるか前情報を頭に入れたくなかったので、新聞や雑誌の記事は極力見ないようにしていた。
でも、不覚にもなにげに聴いていたラジオで、「ハローグッバイ」がかかるのを聴いてしまい、これがかかるのだな、ということは分かってしまった。
しまったぁ。
ま、それくらいはどうでもいいや。
よかったです。ポール。
60才になった人が、あんなに瑞々しい音楽を聴かせてくれるとは。
声もばりばりに出ていたし。
エンターテイナーとして、僕らをとことん楽しませよう、という姿勢も感動したけど、なんと言っても生涯一ロックンローラーといわんばかりの、アップテンポの曲のキレの良さと勢い。
バック・イン・ザ・USSRやキャント・バイミーラブ、しびれましたです。
今回のライブはなんと、オーロラビジョンにポールの喋りが同時通訳されるという、僕のようにヒアリング能力が0の人には大変嬉しい仕掛けがあったのだが、その同時通訳のおかげで感動が増してしまったことが。
ジョンに捧ぐと言って「ヒア・トゥデイ」をやったあと、『次は多分ジョージのことを喋るのかな』と思いつつ、オーロラビジョンに目をやれば、やっぱり、「そのこと」に触れている。
「ジョージはウクレレが大好きで、よく弾いて聴かせてくれていたんだ」
と言ってポールがウクレレ一本で、「サムシング」を弾き語り始めたのだ。
「サムシング・イン・ザ・ウェイ・シー・ムーヴス...」と歌い始めた途端、僕の涙腺は決壊した。
なんで、というくらい次から次へと涙が出てきた。
挙げ句の果てに嗚咽までもらしている。
こんなに泣いたこと久々だぞ。
もう、泣けて泣けてしょうがなかった。
自分でも、よく分からない。なんであんなに泣けてしまったのか。
でも。きっと。多分。
ポールの「友を思う気持ち」に持って行かれてしまったのだと思う。
浪花節、と言わば言え。
でも。
一緒に偉大なバンドで10年を過ごし、その後も友としてバカを言い合ったりして、そんな仲間が死んでしまって、でも、自分は元気にワールドツアーを回っていて。
そんな大事な仲間の、大事な歌を、手向けに歌う。
そんな送り方はあなたにしかできないじゃないか。ポール。
そんなあなたに惚れたよ。
伝わってきたよ。オレには。
無常なる響きが。軽やかなウクレレの音色の向こうに。
ありがとう。
ポール。
11月11日(月)
元祖グランジ、といわれているニール・ヤング。でもワシはグランジ自体、あんまりよく分かっていないから、「へぇー」と思うだけである。
もう8年前か、と思ってしまうが1994年に出たニールのアルバム「スリープス・ウィズ・エンジェルス」、愛聴盤である。
これが、グランジと関係あるのかはどうでもいい。
薄皮を一枚隔てたような、少し距離感のあるミックスが最高のアルバムだ。
もちろん曲も演奏もよい。
だけど、このちょっと遠いところでなっているような、もどかしい感じ。すかっとは抜けきれない、でも、どうしようもなく惹きつけられてしまう音作り。
これは正直「やられた」と思わされたミックスである。
そんなミキシングが施されたアルバムだから、ガンガン盛り上がる、感じではない。
ダウナーな、寝る前のまどろみ状態の時に聴いたりするのに、ぴったりだ。いや、ちょっと違うな。そういう「まどろみ状態」を音で表したらこうなったのだろう。
曲も歌詞も「優しい」訳ではない。
でも包まれてしまう。
まろやかな音ではない。
でも酔うことができる。
11月6日(水)
おととい町田で、ずっと探していたサンタナの「ロータスの伝説/ライブインジャパン’73」を中古盤で手に入れた。
なんとアナログ3枚組。
そしてなんと700円。おい、いいのか3枚組なのに、こんな値段で。
よっぽど、今サンタナの需要なんてないんだな。2年前にグラミーで盛り上がったのも一瞬だったのか。
「ずっと探していて」
しかも「アナログ3枚組で」
そんなシロモノがわずか700円で手に入ってしまった。
初めて値札を見たときは7000円かと思い、おもわず財布の中を確かめてしまったのに、よくよく見ると700円。
すんごく嬉しいがちと複雑でもある。
多分、町田界隈であれに価値を見いだしているのはオレしかいないと言うことなのかな。「アミーゴ」も300円で売っていたし。
でも、一日1枚ずつ聴いたって3日も楽しめる。しかも、700円。やっぱり良い買い物だ。
まだ1枚目しか聴いていないけれど、ものすごくカッコイイ演奏です。掛け値無しによい。気持ちは7000円払ってもいいけど、やっぱり700円でラッキーでした。
これで、「オールシングス・マスト・パス」「レオン・ラッセル・ライブ」に続いて3組目の3枚組入手だ。
とりあえず3枚組にはずれなし。(ま、定価で3枚組買って、はずれだったら暴れるよな)
楽しきレコードライフは続く...
11月4日(月)
いきなり、久々のお薦め。
これから徐々に、こっちも復活モードに持っていくよ。
友達にポール・マッカートニーのべスト盤MDを作ってあげた。
まずは、ビートルズでのポールのリードボーカルの曲でベストを作ってみた。全23曲。こうして俯瞰してみると、曲作り、サウンド作りの主導権を初期はジョンレノンが持っていたのが、1965,6年頃を境に徐々にポールに移っていくのが、目に見えて分かる。
そしてポールだけのビートルズ・ベスト、となると、どうしても毒気が少なくなる。
やっぱり、毒方面はジョン・レノン、そしてジョージ・ハリスンが担当していたのだ。
もちろん、そこがポールの魅力なのだ。
まっとうで健康で、不良を気取っているけど、芯からのワルには絶対なれない。でも、ごくごく個人的な切なさや嬉しさを歌にした、そんなポールの歌が大好きだ。
こうしてビートルズにおけるポールの歌、というのを年を追って聴いていくと、世間でよく言われる「天才的メロディメーカー」という側面は当然だが、意外なくらい、ロックンローラーなのだな、というのを再確認させられる。
ビートルズの音楽のファンクネス、というのはあまり語られないところだが、僕は後期のビートルズというのは結構黒っぽいノリを前面に出していると思う。具体的に言うと、「ホワイトアルバム」以降だ。レディ・マドンナ ドント・レット・ミーダウン アイブ・ガッタ・フィーリン ヘイ・ジュード レット・イット・ビー ヤーブルース カム・トゥゲザー...こうして並べると分かるでしょ?
こういった曲の骨組みを作っている、リンゴとポールのリズムセクションのノリはかなり、黒い。
メロディアスな曲の代表のように思われている「サムシング」や「レット・イット・ビー」においてもそのグルーブは黒い。
ポールの歌のメロディは永遠だ。
だが、バンドとしてのビートルズのサウンドに潜むマジックの一つは、ポール独特の「黒っぽさ」だと思う。
あまり大きな声で語られることはないが、リンゴとポールのリズムセクションは世界有数である。
ソングライターとして、ベーシストとして語られるのと同じくらい、「リズムセクション」として語り継がれていいと思う。
久々にビートルズを、ポールを集中して聴いて、あらためてそのすばらしさに心を満たされた。
彼らからもらった音楽の遺伝子を次の世代に手渡すべく、僕もいい曲作らなきゃ。
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