| 2002年 11月14日(木)
昨日、ポール・マッカートニーのライブを見てきた。東京ドーム。
曲目とか、何をやるか前情報を頭に入れたくなかったので、新聞や雑誌の記事は極力見ないようにしていた。
でも、不覚にもなにげに聴いていたラジオで、「ハローグッバイ」がかかるのを聴いてしまい、これがかかるのだな、ということは分かってしまった。
しまったぁ。
ま、それくらいはどうでもいいや。
よかったです。ポール。
60才になった人が、あんなに瑞々しい音楽を聴かせてくれるとは。
声もばりばりに出ていたし。
エンターテイナーとして、僕らをとことん楽しませよう、という姿勢も感動したけど、なんと言っても生涯一ロックンローラーといわんばかりの、アップテンポの曲のキレの良さと勢い。
バック・イン・ザ・USSRやキャント・バイミーラブ、しびれましたです。
今回のライブはなんと、オーロラビジョンにポールの喋りが同時通訳されるという、僕のようにヒアリング能力が0の人には大変嬉しい仕掛けがあったのだが、その同時通訳のおかげで感動が増してしまったことが。
ジョンに捧ぐと言って「ヒア・トゥデイ」をやったあと、『次は多分ジョージのことを喋るのかな』と思いつつ、オーロラビジョンに目をやれば、やっぱり、「そのこと」に触れている。
「ジョージはウクレレが大好きで、よく弾いて聴かせてくれていたんだ」
と言ってポールがウクレレ一本で、「サムシング」を弾き語り始めたのだ。
「サムシング・イン・ザ・ウェイ・シー・ムーヴス...」と歌い始めた途端、僕の涙腺は決壊した。
なんで、というくらい次から次へと涙が出てきた。
挙げ句の果てに嗚咽までもらしている。
こんなに泣いたこと久々だぞ。
もう、泣けて泣けてしょうがなかった。
自分でも、よく分からない。なんであんなに泣けてしまったのか。
でも。きっと。多分。
ポールの「友を思う気持ち」に持って行かれてしまったのだと思う。
浪花節、と言わば言え。
でも。
一緒に偉大なバンドで10年を過ごし、その後も友としてバカを言い合ったりして、そんな仲間が死んでしまって、でも、自分は元気にワールドツアーを回っていて。
そんな大事な仲間の、大事な歌を、手向けに歌う。
そんな送り方はあなたにしかできないじゃないか。ポール。
そんなあなたに惚れたよ。
伝わってきたよ。オレには。
無常なる響きが。軽やかなウクレレの音色の向こうに。
ありがとう。
ポール。
11月11日(月)
元祖グランジ、といわれているニール・ヤング。でもワシはグランジ自体、あんまりよく分かっていないから、「へぇー」と思うだけである。
もう8年前か、と思ってしまうが1994年に出たニールのアルバム「スリープス・ウィズ・エンジェルス」、愛聴盤である。
これが、グランジと関係あるのかはどうでもいい。
薄皮を一枚隔てたような、少し距離感のあるミックスが最高のアルバムだ。
もちろん曲も演奏もよい。
だけど、このちょっと遠いところでなっているような、もどかしい感じ。すかっとは抜けきれない、でも、どうしようもなく惹きつけられてしまう音作り。
これは正直「やられた」と思わされたミックスである。
そんなミキシングが施されたアルバムだから、ガンガン盛り上がる、感じではない。
ダウナーな、寝る前のまどろみ状態の時に聴いたりするのに、ぴったりだ。いや、ちょっと違うな。そういう「まどろみ状態」を音で表したらこうなったのだろう。
曲も歌詞も「優しい」訳ではない。
でも包まれてしまう。
まろやかな音ではない。
でも酔うことができる。
11月6日(水)
おととい町田で、ずっと探していたサンタナの「ロータスの伝説/ライブインジャパン’73」を中古盤で手に入れた。
なんとアナログ3枚組。
そしてなんと700円。おい、いいのか3枚組なのに、こんな値段で。
よっぽど、今サンタナの需要なんてないんだな。2年前にグラミーで盛り上がったのも一瞬だったのか。
「ずっと探していて」
しかも「アナログ3枚組で」
そんなシロモノがわずか700円で手に入ってしまった。
初めて値札を見たときは7000円かと思い、おもわず財布の中を確かめてしまったのに、よくよく見ると700円。
すんごく嬉しいがちと複雑でもある。
多分、町田界隈であれに価値を見いだしているのはオレしかいないと言うことなのかな。「アミーゴ」も300円で売っていたし。
でも、一日1枚ずつ聴いたって3日も楽しめる。しかも、700円。やっぱり良い買い物だ。
まだ1枚目しか聴いていないけれど、ものすごくカッコイイ演奏です。掛け値無しによい。気持ちは7000円払ってもいいけど、やっぱり700円でラッキーでした。
これで、「オールシングス・マスト・パス」「レオン・ラッセル・ライブ」に続いて3組目の3枚組入手だ。
とりあえず3枚組にはずれなし。(ま、定価で3枚組買って、はずれだったら暴れるよな)
楽しきレコードライフは続く...
11月4日(月)
いきなり、久々のお薦め。
これから徐々に、こっちも復活モードに持っていくよ。
友達にポール・マッカートニーのべスト盤MDを作ってあげた。
まずは、ビートルズでのポールのリードボーカルの曲でベストを作ってみた。全23曲。こうして俯瞰してみると、曲作り、サウンド作りの主導権を初期はジョンレノンが持っていたのが、1965,6年頃を境に徐々にポールに移っていくのが、目に見えて分かる。
そしてポールだけのビートルズ・ベスト、となると、どうしても毒気が少なくなる。
やっぱり、毒方面はジョン・レノン、そしてジョージ・ハリスンが担当していたのだ。
もちろん、そこがポールの魅力なのだ。
まっとうで健康で、不良を気取っているけど、芯からのワルには絶対なれない。でも、ごくごく個人的な切なさや嬉しさを歌にした、そんなポールの歌が大好きだ。
こうしてビートルズにおけるポールの歌、というのを年を追って聴いていくと、世間でよく言われる「天才的メロディメーカー」という側面は当然だが、意外なくらい、ロックンローラーなのだな、というのを再確認させられる。
ビートルズの音楽のファンクネス、というのはあまり語られないところだが、僕は後期のビートルズというのは結構黒っぽいノリを前面に出していると思う。具体的に言うと、「ホワイトアルバム」以降だ。レディ・マドンナ ドント・レット・ミーダウン アイブ・ガッタ・フィーリン ヘイ・ジュード レット・イット・ビー ヤーブルース カム・トゥゲザー...こうして並べると分かるでしょ?
こういった曲の骨組みを作っている、リンゴとポールのリズムセクションのノリはかなり、黒い。
メロディアスな曲の代表のように思われている「サムシング」や「レット・イット・ビー」においてもそのグルーブは黒い。
ポールの歌のメロディは永遠だ。
だが、バンドとしてのビートルズのサウンドに潜むマジックの一つは、ポール独特の「黒っぽさ」だと思う。
あまり大きな声で語られることはないが、リンゴとポールのリズムセクションは世界有数である。
ソングライターとして、ベーシストとして語られるのと同じくらい、「リズムセクション」として語り継がれていいと思う。
久々にビートルズを、ポールを集中して聴いて、あらためてそのすばらしさに心を満たされた。
彼らからもらった音楽の遺伝子を次の世代に手渡すべく、僕もいい曲作らなきゃ。
8月16日(金)
いやー、唐突に、久々に「今日のお薦め」復活。
オーネット・コールマンの「ジャズ・来るべきもの」
いわゆるフリージャズの始まりがこのアルバムらしいが、今の耳で聞くと、かなりきちんとしたフォーマットに乗っ取ってやっているように聞こえる。「好き勝手」という意味でのフリーには全然聞こえない。
といって、もちろん、がちがちなことをやっているわけではない。
フリー、という言葉を知っているからそういう先入観で聞いてしまうのかもしれないが、すごく自由にやっているな、とは思う。
ま、呼び名とか形式はどうでもイイや。
良い音楽です。これは。
和音の重ね方が多分普通ではないのだろう。くすぐられるような妙なコード感、いたずら心を感じさせるメロディとリズム。
なんか粋なんだな。
そして「新しいジャズを切り開く」という意気込みも強かったのだろうが、すごく楽しんでやっているのも伝わってくる。
だから開放感があるんだな。
いいよ。とっても。
6月17日(月)
ジョージの話しを書くと言ったが、今日はキッスだ。
「ハードラック・ウーマン」
どちらかといえば、キッスらしからぬ、ポップな曲だ。
でもメロディがたまらなく可愛くて切ないのだ。
うーん、泣けるよ。
なんかこのページ最近はソウルジャズだのジョージ・ハリソンだの、完全に時がが止まっているが、今はそれでいいのだ。そういうモード。
もちろん新しいものも聴いているし、好きなモノ、刺激されるモノも多いのだが、それと、「書く気になる」のはちょっと違う。
今日はキッスの「ハードラック・ウーマン」なのだよ。
なんかすごくベタだけど、夕焼けの波止場で佇む光景を思い起こす。この素敵な、そして分かり易いメロディに、キッスの「伝える意志」を感じるよ。
6月11日(火)
6/8に「拡大宇宙家族ハロロック」のライブをやった。大塚ウエルカムバックというところだ。
その時に打ち上げで一緒になった「みんさん」とジョージ話で大いに盛り上がった。盛り上がりまくった。
ジョージって?
あ〜ん、そんなこといわんといて。ジョージ・ハリスンに決まっているじゃありませんか。
ジョージ・ハリスンはホントに魅力たっぷりな人なのだが、決定的な押しや強さに欠けると言うところも併せ持っている。
いやらしい言い方だが、「分かる人には分かる、はまるひとは はまる」という部分が非常に強いのだ。
初めから肌が合う、という場合か、はたまた、魅力をその気になって見つけださないとなかなかジョージの世界の確信には迫れないのである。
そう、普通のミュージシャンよりも異性に惚れる感覚で接しないとその魅力がわかりにくいのだ。
あー、大変。時にはそういう異性とのごたごたを忘れたくて音楽を聴くときだってあるのに。
そんなジョージの実にトロピカルな曲「ゴーン・トロッポ」
これは雰囲気の良さだけで、もうイケテル曲である。
厳密に曲としての構成やクオリティを見ると、ちょっと?とおもうところがないでもない。
でも、やっぱりこの音に包まれるだけで、ああ、なんて幸せなのだろう。柔らかくて、暖かくて、陶酔できて...
ってやっぱり「異性」でしょ?
なんかジョージモードにはいるとまた、抜け出せないような。
明日もジョージの事、書こうかな。
5月30日(木)
スカパラの新譜を、出てすぐ買った。「ダウンビート・アレイ」
民生の歌が聴きたかったからだ。
一曲しか民生のヴォーカルは入っていないが田島貴男が歌っているのより、ぜんぜんいい。
相性いいな、こいつら。こんなにも民生のヴォーカルが合うとは思わなかった。特にサビでのホーンとヴォーカルの絡みは絶品である。すごく「大人な」感じがする。少年をどっかに保ちつつ、色々なことをくぐり抜けた味がする。これは民生が作った曲ではないようだが、彼のヴォーカルはスカの曲調にも合っている。声質や歌い方のせいなのかな。
音のほんのりとした潤いといい、しつこくなくセンスのいい曲調といい、気持ちのいい音の隙間といい、大人だ。
いいな。
5月25日(土)
フルートで、とかハービー・マンで、とか前回のお薦めで言っていたのは、とりやめ。
だってグッと来る音、また出会っちゃったんだもん。
ジョン・パットンというオルガンプレーヤーのアルバム「ガッタ・グッド・シング・ゴーイン」だ。
ブルーノートで60年代半ばで、オルガンジャズ、といえば、条件反射のように、ギターはグラント・グリーン。
どっちが目当てか、といわれたら、ワシは当然、グラントである。
でも、当然ジョンのアルバムだから、オルガンが前に出てきているし、グラントもわきまえて弾いている。
この頃のソウル・ジャズってなんで、こんなに濃いんだ?
くどいというかなんというか。
もちろんそこがいいのだが、しかし、このリフやフレーズのしつこさ。
冷静にきいてはいけない。笑っちゃいそうだから。
酒でも飲みながら、あるいは何かをしながら、でもなるべくでかい音で聴くべきである。
音楽的にどうこう、っていうより、こういう音は「音の快感」の部分がでかいからだ。
酒を用意して(オレは弱いんだけどさ)でかい音で音に溺れる。
気持ちいいぜ。
土曜の夜の過ごし方としては、かなり贅沢だと思うな。
快感だ。
5月22日(水)
昨日は、四ッ谷の天窓、というところで、ライブをやってきた。
ハロロックのヴォーカルなつえとの二人ユニットである。
彼女のヴォーカル、ウクレレ、そしてフルート。僕はギター、ギタレレ、ヴォーカルである。
僕が歌う曲で彼女がフルートを吹いてくれた。
生で聴くフルート、しかもそれが自分の演奏と絡むフルートって滅茶苦茶気持ちいいぞ。
ま、どんな楽器だってある程度以上のレベルで演奏されているのを聴けばきもちいいものだが、そしてなつえのフルートは十二分に上手いからなのだろうが。
柔らかいお気に入りのクッションに包まれているようだったよ。
あーきもちいい。
だから、今日はフルートの入った曲を、と思って、ハービー・マンの曲が頭に浮かんでいるのだが、どのアルバムのどの曲がいいのかアタマの中で、焦点がが定まらない。
だから、続きはまた明日ってことで。
5月18日(土)
久々に新譜から。
4月に出た、シェリル・クロウのアルバム「カモン・カモン」
ジャケット、及び中ジャケットを見てたまげた。
なんとシェリル・クロウが水着だの、バストを強調したショットだの、パンツがチラッと見える写真だので構成されている。
なんじゃ、こりゃ?
シェリルってそういうキャラか?
違うと思うんだけどなぁ。そりゃ、別にぶすではないけど、それを売りにする人じゃないだろうよ。前作があまり売れなかったからか?
とそんなジャケットに少々くらくらしながらも、聴いてみると。
うん。音はいつものシェリル節だ。彼女らしいセンスのアーシーかつメロディアスな曲調。演奏もごつごつしていていい感じだ。
その中でも、オープニングナンバー(シングルにもなっているのかな?)「スティーブ・マックイーン」がかっこいい。
最初のヒットの「オール・アイ・ワナ・ドゥ」にも通じる感覚。
といっても、別に過去に戻ったわけでもなく、ちゃんと今の音だと思う。
この人の良さは適度なだるさである。
それがいい感じに出ていると思うよ。
大人の女のかっこよさだな。
いいぞ。
5月17日(金)
すみよしたけし&ざっくばらんすのニューアルバム、「草原のダンス」
前回の「愛は闘魂」はライブアルバムだったが、今回のはスタジオ録音、6曲入り。
入魂、である。
音の質感が適度にざらついているのが好きだ。
楽曲自体がよいのはもちろんだが、ちょっと閉じこもった感じが気持ちいい。もちろん姿勢は前向きなのだが。
彼の個人的な世界とバンドのグルーブ感が見事に一体となっている。盛り上がる、というよりも引きずり込まれるのだ。
つかもとよしなりのあおり、akiのコーラスも今までにないいい味だ。
個人的なベストトラックは「あいたいな」
切なさとほのぼのと微かな疲れが絶妙にブレンドされている。
ピアノの藤井美紀がレコーディング終了後、耳の不調の為、しばらく休養にはいるというのだけが、残念だ。
彼女のピアノがこのサウンドの屋台骨であるのは間違いないから。
本当によいアルバムです。
相模の風ページのトップから試聴コーナーにリンクしています。
まずは聴いて、そして買ってください。
お申し込みは相模の風までメールで。
5月15日(水)
久々にポップスを紹介しようかな。
このところ、ジャズっぽいのばっかりだったし。
今日はエルビス・コステロの「ヴェロニカ」
なんか、年を食う、というのはこういうことかと実感することがままあるのだが、ついこの前のヒット曲、と思っていたのが、気がつくと10年前だったり、15年前の曲だったりする。
あーやだやだ。
この「ヴェロニカ」だって、ほんのちょっと前のつもりが、今調べてみたら13年前だった。
13年前ということは、この曲が流行ったときに産まれた子は、もう13歳ということである。オナニーなんかだってもうできちゃうかもしれない年なのだ。
あーやだやだ。
といっても、この曲はエバーグリーンである。
曲の展開・進行がにくい。
メジャーで引っ張ったAメロがサビでは見事なマイナー展開。
僕はこういうパターンの曲はあまり好きではないのだが、これは見事。やられました。
アレンジや録音も80年代にしては、レアな感じでよい。
コステロってなんか斜に構えてるようで、でも音楽には無茶苦茶、真摯で、その姿勢にはとっても好感が持てる人である。(といって熱狂的なファンなわけではないのだけれど)
音楽を続けること、において、ある意味お手本の人だな。
まずは続けること。
オレもやろっと。
5月6日(月)
1970年代に、RC加入前のチャボと加奈崎義太郎が組んでいたフォーク・ブルースユニット「古井戸」。ベスト盤一枚しか持っていないけど、よい。
特に惹かれたのが「ポスターカラー」
ほのぼの・しみじみ系なのだが、あの頃の日本のフォークにありがちな、しみったれたところがまるでない。
いや、歌詞だけ見ると、「畳替えの日だから」、「こんな小さなポスターカラーで君のことを思いだした」とか充分しみったれているのだが、なんか全体の雰囲気といい、曲調といい、そういうことを感じさせないのだ。
エバーグリーン。という言葉がぴったりかも。アコースティックな音作りをしていた頃のキンクス「ヴィレッジ・グリーン」の頃にも相通じるような。
「紅茶にしますか?ミルクはどうしますか?」
切ないなぁ。
ワシもこんな「いい歌」をつくりたいよ。
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