| 2001年 11月30日(金)
下品でポップ、というのはよくありそうで、あまりない。
下品、というより、身も蓋もない単なるバカだったり、ポップ、というよりも、ただ単に軽いだけの中身空っぽ、と言う場合が結構多いからだ。
スージー・クアトロは紛れもなく下品でポップだ。
ただし、売れていた頃は、という注釈付きで。
多分本人は、そういう下品な下世話なところが嫌だったのだろう。
悲しいことに、彼女のサウンドから下世話さが抜けていくごとに売れなくなっていった。
そんなスージーの「ワイルドワン」
歌い出しだけ聞くと、榊原郁恵の「夏のお嬢さん」にそっくりだが、もちろんカバーではない。はずだ。
もう最高に下品で、スピード感があってかっこいい。
こんなスージーだったら、「やっちゃいたく」なる。(ま、「やらせて」くれないだろうけど)
この曲はスージーのオリジナルではなく、「チン&チャップマン」というソングライターチームの作品だ。
このチームの作る曲も、もともとアホ系が多く、(ゴフィン&キングみたいに売れ筋なのだけどちとアカデミック、とは大違い)演奏する、人とサウンドによって下品さ具合が違う。だが、共通して言えるのは無類に楽しい。
もちろんそれは素晴らしいことなのだ。
11月26日(月)
エアロスミスは大好きなバンドだが、今までこのお薦めで取り上げたことはなかったように思う。
演奏や曲の良さだけでなく、多分ミックスなど技術的なことも大いに関係しているのだろうが、彼らの音は異様に切れ込みが良い。
初期の音にもそれを感じるが、顕著になってきたのはサードの「トーイズ・イン・ジ・アティック」からである。
もうべたべたで、誰もが思い浮かべる代表曲であるが、「ウォーク・ディス・ウェイ」
エアロ独特のファンキー感に音の切れ込みの良さが加わったまさに名曲・名演だ。
音の切れ込みが良いと...何が違うのか?
それはもう、でかい音で聞いたときの気持ちよさ、ぶっ飛び方が違うのだ。
でかい音で聴くと気持ちよい、というのはある種の音楽には必須である。
小さな音で聴いても、気持ちよい音楽というのも、もちろんある。
例えばボサノヴァ系の音などは、少音量で聞いてもその良さは伝わってくる。いわゆるシンガーソングライター系の人たちの音楽もそうだ。
だが、ハードロック、特に僕的には、エアロスミスは極力大音量で聴きたい。音に包まれ自分がちょっと壊される感じ。
久々にでかい音でエアロを聴いて、ちょっとだけ壊されてみた。
いい気持ちだぜ。
11月20日(火)
ポール・ウェラーはかなり気になる人である。
もちろん単純に好きなミュージシャンでもあるので、アルバムも何枚か持っている。
ジャム、スタイルカウンシル、ソロと活動の内容も、音楽性も年と共に変化している。
この人の場合それが、自然というか、必然性のある変わり方というか。
パンクから始まり、黒人音楽やワールドミュージックなどを雑食的に取り込んで、でも自分なりに消化して、そしてソロになってからは、オーソドックスなロックサウンドを出しつつも、骨太なまっすぐな視線で音楽を送り出す。多分今40歳くらいだと思うのだが、僕的には、なんか理想的な年の取り方である。
多分やりたくないことはやっていないと思う。
かといって独りよがりでもない。(たまにそういうときもあるみたいだけど、ホントは)
マンネリにも陥らず、フレッシュな音を出し続ける。
こうやってあらためて見てみると、不思議な人だ。
しかも大ヒットには至らないまでも、確実に売れ続けている。
かなりすごいな。こうしてみると。
もちろん今の僕が及ぶべくもないが、でも目標の人だ。
まずは歌の練習しよ。
11月13日(火)
サディスティック・ミカバンドの「タイムマシンにお願い」
いえー、グラムロック〜。歌謡チック。でもすげーポップ。ってなかんじでもちろん大好きだ。
この時代(多分1973年くらい)に日本で、こんな音楽やっていたこと自体、すごいことだったのだろう。
感覚的に今聞いても「頭一つ抜けている」と思う。
ミカバンドはブレーンが加藤和彦。(もちろんギターも弾いているが、役割としてはプレーヤーの部分は非常に小さかったと思う。)
彼のコントロールの元に動いていたと言っても過言ではないと思う。
この加藤和彦のスタンスに興味がある。
彼はソングライターとして、またバンドのイメージリーダーとして、独特の世界を作り上げた。
1973年当時には誰にも理解できないような、洒脱なセンスで。
バンドのあり方として、彼らをきちんと越えたのは、YMOの登場まで待たなければいけない。
このバンドは加藤和彦のカミさんである、ミカがこの曲のプロデューサーである、クリス・トーマスのもとへ走ってしまう、という大変下世話な理由で解体してしまうのだが、もう少しつづいていたらどういう展開を見せたのだろう、という妄想を抱かせるバンドである。
ところで、最近もやってるのかな、加藤和彦。
11月8日(木)
もう10年くらい前、いやもっと前か。
「モッズ」を気取っていたことがある。
日本のロックバンドの方ではなく、イギリスで1960年代半ばに流行った方のモッズね。
もちろん1990年頃に、この日本でモッズを気取るのだから、インチキなことこの上ない。
でも、そんな格好してライブハウスへ行ったりするのは、結構楽しくいい気分だった。三ボタンのジャケットに細いズボン。
細いネクタイ。とがった靴。
いきがり、以外の何者でもないのだけれど、「なりきる」のも、たまにはいい。
モッズの為のバンドといったら、「ザ・フー」と「スモール・フェイセズ」が双璧だろう。
今日は、スモール・フェイセズだ。
小気味いいという表現がぴったり。
切れ味がよくて、いきがよくて、こんな例えが合うかどうか分からないが、「江戸前」なかんじだ。
スモールフェイセズ自体は3年半くらいの短い歴史しか持たない。
短命なバンドといってよいだろう。
しかしその短期間の間に、音楽性はかなり変わっている。
時代全体の流れもあったのだろうが、そういう前向きな、もっと言えば、攻撃的な姿勢も好きだ。
変わりつつも、底に流れる色は変わらず。
短命は困るが(自分のバンドだったら長くやりたい)こういう姿勢は好きだ。
そんな彼らの、もっとも「イキのいい感じ」が伝わってくる曲、「シャラララ・リー」で秋の夜をドライブしよう!
11月6日(火)
このコーナーでも何度か取り上げているが、この2年くらいで、好きになったアーティストとして、サンタナがいる。かなりのビッグネームだが、今まで先入観だけでノーマークだった人。
なんかベタベタしていて、暑苦しい。なんかダサそう。
そんなイメージを抱いていて敬遠していたのだ。
ある程度好きになってよく聴くようになった今、あの先入観はやっぱり間違いで、サンタナは素晴らしい音楽性と...という風につづくといいのだが、好きになった今でも先入観で持っていたイメージは変わらない。暑苦しくてちょっとダサい。
前と変わったのは、それでも好きだ、といえるところだ。
これは多分僕が変わったのだ。
音の許容範囲が確実に広くなった。楽しめる音の種類がすごく増えた。
その分、以前から好きだった音楽に対する、こだわりは薄くなったかもしれない。
これが年を取るということなのかもな、ともちょっと思う。
それなら年を取るのも悪くない。
昔は徹底して乾いた音が好きだった。
ストーンズ、ザ・フー、ジョニー・ウィンター、ジェームス・ブラウン、ポップ系ならニック・ロウとか、ビーチボーイズ。
余計な情緒を感じさせない音が好きだったのだ。
エアロスミスやキンクス、ビートルズも、もちろん好きだったが、若干湿気を感じる分、自分の中では、ちょっと落ちる存在だったのだ。
だが、最近はそうでもない。人生には湿り気だって必要だし、リラックスして聞くための音楽だって良い。
いつもいつもひりひりしていられない。
だって生活や日常で、それは十分に味わっているのだから。
湿り気とダサかっこよさが同居したナンバー、サンタナの「哀愁のヨーロッパ」が、今日のお薦めです。
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