| 2001年 9月27日(木)
サンタナの「ハバナ・ムーン」のアナログ盤を中古盤店で見つけた。200円だった。
1983年のアルバムだから、わしが暗黒の80年代と呼んでいる、その真っ最中である。
実際、今、振り返ってもよい音楽が少なかった。
そんな中、このアルバムはまったくノーチェックだった。
いや、正確に言うと2曲ほど、聞き覚えがあった。ということはFMなどでかかっていたのだろう。当時の僕にはこの音楽にピンとくるようなアンテナがなかったのだ。
1983年の時点で考えても、特別に新しいことをやっている訳ではないと思う。
でも、いい。
すごくいい。
音楽の滋味、豊かさがサンタナを通してストレートに伝わってくる。
オーソドックスな60年代のR&Bのカバーと、インスト中心のサンタナのオリジナルで構成されている。
特別には「ラテン」していないのだが、サンタナのギターは一聴してすぐ分かる「サンタナ節」だ。それがすごく充実している。
このセッションが多分ホントに楽しかったのだろうな、というのが目に浮かぶような音である。
キーボード&プロデュースで参加しているのがブッカー・T・ジョーンズ。あの、60年代メンフィス・ソウルの屋台骨を支えていた、ブッカー・T&MG’Sのブッカー・T・ジョーンズだ。
おそらく音楽監督的なこともやっていたのだろう。バックの音は確かに彼のセンスである。(ホーンなんかによく表れている)
のびのびと音楽を楽しみ、ギターを弾いているサンタナ。
もちろんそこに切迫した空気はないが、けして緩くもない。
色々なことを乗り越えてきた人こそが出せる音である。
これが200円だなんて幸せすぎる。
9月25日(火)
自分の好きなことだけをして、人生を駆け抜けるのは難しい。
人生そう簡単にはできていない。
だが、世の中にはそれをいとも簡単にこなしているような人がいる。
もちろんそう見えるだけで、本人は大きなリスクをしょい、見えないところで、大変なものを抱え込んでいるのだろうが。
最近そういうことをよく考える。
今まで36年生きてきて、もちろんそれなりに楽しいこともあり、大変なこともあり。ま、生きてれば誰しもそんなことは味わっているだろう。多かれ少なかれという部分はあるにしても。
僕はこの5年間自営業だったから、金銭的には苦しかったけど(なにせまだ借金返し終わってない)精神的には非常に楽だった。
もちろん個々の仕事で、責任重大だったり、肉体的にヘビーだったり、売上金を回収し損ねたり、とかはあったが。
わりと自由だったのだ。
だが、この精神的自由および時間的自由を手に入れるためには、やはり相当のリスクを背負ってきたと思う。
これから先も自由でいたい。
ものすごく青臭く聞こえるかもしれないが、そう思う。
テロで死にたくないし、殺す側に回りたくもない。
これは追求し出すと長くなるので、脇に置いておく、今日は。
そう、自由だ。
その自由を形作っているのは「責任」とある程度の「経済的裏付け」である。
全てのものから完全に逃れた自由などというモノは、頭の中にしか存在しない。(アーティストとは、その頭の中で自由に遊べる人だ)
今日はすごく、とりとめなくなったね。
あえて結論らしきものも出さない。お薦めの曲はジョージ・ハリソンノ「ラブ・カムス・トゥ・エブリワン」(愛を全ての人に)
このサウンドと声で、すごく解き放たれたような気分になるんだ。
9月23日(日)
ケニー・ドーハムの「アフロデシア」
アルバム「アフロキューバン」に収録。
この曲はいわゆる、クラブジャズ/レア・グルーブ界では超有名曲らしい。
ぼくはその辺に疎いのでよく分かっていなかったのだが、ジャケ買いで買って、一番ピンときたのがこの曲だった。
アフロ、もキューバもよくは理解していないのが、音のフィーリングが黒いのはよく分かる。
ところで、僕も何気なく使ってしまうが、音の黒さってなんなのだろう。
間違いなく存在するのは、確かだ。
たとえば、
ビートルズ
イエスタデイ
ヘイジュード
ビートルズ
ノーウェジン・ウッド
ドライブ・マイ・カー
ローリングストーンズ
ルビー・チュ−ズデイ
タンブリング・ダイス
プリンス
フィール・フォー・ユウ
キッス
RCサクセション
僕の好きな先生
スローバラード
分かり易いように同じミュージシャンの曲でまとめてみた。
かなり典型的なので比べたのでかなり差が出ていると思うが、上の曲より、下の曲の方がいわゆる「黒っぽい曲」になるように持ってきてみた。
これだけで判断するのは危険かもしれないが、でもはっきり傾向が出ているようにも思う。
・リズムにタメがある。(リズムの力点がやや後ろ寄り)
・リズムの跳ね方が違う。細かいリズムでもきちんと跳ねる。
・ベースラインが重要。ドライブ感おおあり。
・メロディ上に7th、9thをポイントで入れている。
・繰り返しの多い曲構成/進行
・コードもわりと少ない。(というか基本的にスリーコードかそれ以下)
この程度のことは、別に新しい発見ではなく、ちょっと気の利いた音楽解説・評論書には書いてあるだろう。
でも、明らかに黒い、黒くないというのは一聴して分かる。
また黒人がリズムセクションにいる、いないもさほど関係ない。
ドナルド・ダック・ダンは白人だが、真っ黒なベースを弾く。
そして僕的には音の黒さと音のかっこよさは、かなりの確度で一致しているのだ。
でも、なぜ?ここから先は言葉に詰まる。
たとえばレッド・ツェッペリンの「胸いっぱいの愛」やっていることはほとんどファンクである。
だが、いわゆるファンキーにはあまり聞こえない。
ものすごくかっこいい曲だけど、何かが違う。
といっても黒くないからといってこの曲の、演奏のすばらしさが減じるわけではないのだが。
でもってふたたび「アフロデシア」
まぎれもなく黒い。
かっこいい。
これだけ感じられればいいのかな、とりあえず。
ま、このグルーブを生み出している、かなりの要因がドラムのアート・ブレーキーとピアノのホレス・シルバーにあるのは間違いない。
でも要素に分解してもあまり、意味ないか。
この空気もグルーヴィだもんね。
9月21日(金)
久々にプリンスな気分。
不毛の80年代、数少ない心の支えはプリンスだった。
きらびやかなだけで、内実のないサウンドが渦巻く中、彼はテクノロジーを駆使しながらもサイケで、ぐちょぐちょな音を届けてくれていた。
彼は80年代、90年代を通して、最高のブルーズ・ミュージシャンである。
いにしえのシカゴスタイルが未だに最高のブルーズ・フォーマットと思っている人には通じにくいかもしれないが、彼ほど、内面のぐちゃぐちゃを音に表せることができる人は数少ない。
そしてそこには明確な出口がない。
にもかかわらず、力強くてポジティブな音。
これがブルーズだ。
彼のアフロな感覚が色濃くでている、ディープなブルーズ(敢えていう)、しかもエロ。
「キッス」をお薦めだ。
9月17日(月)
日に日に、テロ事件のことが重たくなってくる。
といっても今のところ直接関わっているわけではないのだが、ある種の「痛み」は少し感じている。
今の自分に直接的にできること。
なし。
あの事件を契機に考えること。
あり。
亡くなった人を悼む気持ち。
大あり。
ではアメリカの報復を支持するか?
わからない。
がどちらかというと、支持しないにちょっと傾いている。
かといってアラブ/イスラム側を支持する気もない。
だが、過去に欧米列強がアラブ圏に対してしてきたことの、ツケかな、という気はする。
このことに関して僕ができそうなこと。
募金する。
僕自身が楽しく生きる。
そして楽しいオーラを撒き散らして、感染者を増やす。
ただ、場合によってはこれは対岸の火事では済まないよな。
相模原も知られていないだけで、米軍関係の施設は多いし。
もし自分の身に、あるいは自分の近しい人に、これと同じ事態が降りかかったら?
もし自分の身に降りかかって、しかも運良く生き延びたら。
最愛の人をテロで亡くしたら。
うーん。
やっぱり、復讐か?
どうなんだろう?
こういう事実を引き受けるだけの、音楽を思いつかない。
また、曲にからませて語れないな、やっぱり。
ほんとはなにがしかの曲に絡ませて、いつものようなお薦めにしたかったのだけれど。
もちろん、僕の筆力の問題が大きいのだけれどさ。
ゆえに今日は、薦める楽曲なし。
自分の心の中で、鎮魂歌を浮かべてくれ。
9/16(日)
ニルス・ロフグレン、といってもどれくらいの人が知っているのだろう?
ニール・ヤングやブルース・スプリングスティーンなどのサポートで、ギターを弾いたりしているのだが、(つまり個性ある上手いギタリスト)ソロでも、何枚もアルバムを発表している。
この人、佇まいといい、曲調といい、なんか永遠の少年、なのだよ。
それもいたずらっ子。
一度ソロライブを見に行ったのだが、くるくる楽しそうに踊りながら、スゲーギターを弾いて歌ってた。
大きなステージではバック転なんかもするらしい。ギター持ったまんま。
ホント、歌うのが楽しくてしょうがないという感じだった。
別に永遠の少年でいたい訳じゃないけど、でも、こういう人がいてくれると心強い。
そんな永遠の少年が、ちょっと背伸びして土曜の夜のダンスホールに迷い込んでしまった。
「アイ・ケイム・トゥ・ダンス」
小粋で楽しいとはこのことだぁ。
9/11日(火)
イアン・デューリー&ブロックヘッズ。
あーイアンも数年前に亡くなってしまったが、白人ファンクバンド、ナンバーワンである。わし的には。
もう15年前になるが、ウィルコ・ジョンソンと共に来日したことがあって、それを見に行った。
もちろんウィルコも好きで、内容もよかったのだが、イアン・デューリーは圧巻であった。
ミュージシャンとしてのうまさとか技量はあまりない人だとおもうが、その存在感が凄い。立って声を出しているだけで、かっこいいなんてありか?
もちろんバックを支えるブロックヘッズが強力なグルーヴを生み出しているというのも大変大きいのだが、あのやばい顔、やばい佇まい、自分には絶対出せないからというのもあるのだろうが、ホントにカッコイイ。うらやましい。
でも、本人は至って真面目な人だったらしいが(教師をしていたこともあるそうだ)。
そんな彼のナンバーで、文句なくうねりまうくる強力な曲「ヒット・ミーウィズ・ユア・リズムスティック」
多分このタイトルもやらしい意味なんだろうな。
うねりまくって踊りまくりだ。
ええぞ。
9月9日(日)
ジャズの有名レーベルで、「ブルーノート」というレコード会社/レーベルがある。
昨日、「ブルーノート再入門」という本を読んだ。
そこに創設者、アルフレッド・ライオンや伝説的なレコーディングエンジニア、ルディ・バン・ゲルダー(この人は今でも現役)の様々なストーリーが記されていた。
インディペンデントレーベルとしてスタートし、自らの信じる音を、自分の納得のいくスタイルで、出し続けていく。それはミュージシャンの選定から、レコーディングセッションの進め方、ジャケットのデザインやパッケージングや流通のさせかたまで、一貫してアルフレッド印が刻まれている。
また、保守主義にも陥らず、時代に媚びることなく、その時代時代の先端の音とも、きっちり向き合っている。
きっとアルフレッド本人は、アクも強くて、頑固だったのだろうが、見事だ。
今、ブルーノート、というとある程度聞き込んだファンなら、すぐイメージを浮かべることができる。そこに色々な意味での「スタイル」があるからだと思う。
相模の風、を動かし始めた自分だって、そうありたいし、その道を突き進んでいるはずなのだが、比べてしまうと、まだまだ甘い。
今段階で、相模の風とブルーノートを比べること自体おこがましいのだろう。
でも、素晴らしいお手本がいるのである。
その通りにやる必要はもちろんないけれど、精神的に支えになるよな、やっぱり。
そこで、かっぱ的にブルーノートといったらこの人、ドナルド・バードの、「バード・イン・フライト」白い鳩のジャケットも印象的なこのアルバム。
ハードバップの元気なメンツがばりばりと、爽快に吹きまくって、でも力任せでなく、知も感じるアルバム。適材適所とはこのことだ。
ブルーノートに関してはうるさいことをいうひとがいっぱいいるのだろうが、つまり、モンクがいいとか、いやアートブレーキーだ、とか、カタログナンバー1500番台なら何でも、とかジミー・スミスはどうした?とか。
でもワシにとっては、誰がなんといおうとドナルド・バードで決まりである。
かっこいいぜ。
9月7日(金)
ジョニー・ウィンターはアホである。
滅茶苦茶カッコイイ、アホである。
多分なんも考えずに、自分の気持ちよさだけでギターを弾いている。
同種の人にジャズでは、フルートのハービー・マン、というひともいるが、この人は良くも悪くも「商売頭」はある人なので、この人のアホは演奏面に置いてだけである。
だけど、ジョニーは徹底している。
はっきりいって、1969年のデビュー時と、今とやってることは大して変わっていない。そういう人は基本的にはあまり好きでないはずなのだが、この人は別格だ。
ギター手に持って「ガーッ」だけでかっこいいんだもん。
文句あっか?というかんじだ。
アルバム「スティル・アライブ・アンド・ウェル」(ちなみにこのアルバムを出す前まで、麻薬中毒の治療で入院していたらしい。いけしゃあしゃあとこんなタイトルを...)に収録の、「レット・イット・ブリード」がお薦めだ。
もともと、ローリングストーンズの曲なのだが、この曲に関してはジョニーのバージョンの方が100倍カッコイイ。
血が流れまくっている。それでも平気でにやにやしながらギターを弾いている。
ギターマンはかくあるべし。
なんてワシには永久にたどり着けそうもない境地なのだけれど。
9月6日(木)
ルー・ドナルドソンの「アリゲータ・ブーガルー」
1967年のファンク・ブルースの傑作だ。
R&Bなどが好きで、元々ジャズよりもそっちを多く聞いてきたワシの耳には、ブッカー・T&MG’Sからメンフィス臭さをぬいて、リード楽器がサックスに変わっただけじゃん、などという乱暴なくくり方もできるのだが、それじゃあ、身も蓋もない。
ではどこがいいのかというと、その身も蓋もないストレートな黒さだ。ジャズマンだったらプレイするのをためらってしまうくらいのストレートな3コード進行。単純な、しかし懐の深いバッキング。
まぎれもなく土曜の夜の酒と女のためにある音楽だ。
思わず、腰が振れる音楽だ。
サイコー。
9月5日(水)
三木道三の「ライフタイム・リスペクト」
珍しくリアルタイムで流行っているやつを。
こんなシリアスで、しかもレゲエDJっぽい曲が流行る、というのはかなり驚きだ。シリアスそうに見えて、のーたりんなやつらとは、モノが違う。
普段、歌詞にはあまり言及しないのだが、この曲は歌詞も全面的に好きだ。
ほんとに誰かを「必要」としないと、ああいう歌詞は書けないと思う。
「愛してる」は僕には難しいし、ちょっとアヤシイ気もする。
でも、必要とする、される、という感情はホントに肌で分かる。
「必要とされる」ことは凄くいいことだ。
僕的には「愛される」よりもランク上かも。(こんなことにランクつけとんのか、わしは...)
そしてこのラップ。
身体のかなり奥の方からでてきているよ。
このうねり、身体の波が伝わってくる。
いいです。
9月4日(火)
今日はクサイ線で攻める。
下の書き込みでも分かるかと思うが、我が、「かっぱ」のベーシスト、u−taroが帰ってきた。
この掲示板では、敢えて触れなかったが、この10日ほど、彼は入院していたのだ、肺炎で。
この間、彼のホームページの掲示板にいくつか、励ましの書き込みがあった。
ま、ある程度、親交のある人なら、当然のことかもしれない。
書き込みくらいどうってことない。
すぐできることだ。
でも。
やっぱり、少しでも気に掛けてくれる奴がいるってのは、いいことだよな。
そして掲示板などで、意思表示しなくても同じ思いだった人は、もっといると思う。
必要とされているんだよ、いろいろなところで。
その存在を微かにでも、「支え」としている人だっているんだよ。
大事にしろよな、まずは自分の身体を。
「今日のお薦め」が、こんなプライベートな文章になったのも、初めてかもしれない。
しかも思いっきりクサイ。
だが、書かざるを得ない。
今日のお薦めは、u−taro、あんたのためだ。
キャロル・キングで「ユーヴ・ガッタ・フレンド」を聴いてくれ。
9月1日(土)
お陰様で、ホームページ一周年。
皆様ありがとうございます。
やっぱ、こういう節目はキンクスでしょ。
今日はこれだな。
あまり人気のないアルバム「スリープ・ウォーカー」収録の「ライフ・ゴーズ・オン」
そう、人生は続いていくのだ。
振り返ったりはしないのだ。(これもキンクスの曲にある)
心の中にちょっと綺麗な石を置いて、また、明日から歩き続けます。
闇雲に、ではなくね。
頭と身体、両方とも使いまくるぞ。
GO!
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