| 2001年 5月31日(木)
社長ロック!
下のシュガー田中店長の書き込みにあったが、今はまだないジャンルだが、わしと田中店長で、世に定着させようと目論んでいる。
実はシュガーの「開店一周年パーティ」に参加した際、ちょこっと唄ったのだが、その時のしゃべりで、「社長ロックというジャンルを提唱したい!」と受けを狙って言ったら、会場全体が思いっきり引いてしまった。泣きたかったがこらえた。
このジャンルで成功しようと思ったら、まず社長にならなければいけない。
シンガー、パフォーマーとして成功するのだけでも大変なのに、その上社長である。
そんな「社長ロック界」に燦然と輝いている人「吉田拓郎」である。
ジャガー、という手もあったが余りにマニアックなので、まっとうなラインで。
フォーライフレコードはそもそも吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる、小室等という1975年当時のフォークの巨頭が集まって、作ったレコード会社である。現場を見たわけではないがこの4人がわざわざ会社を作ろうとした理由は想像はつく。
「音楽制作に置いては自由に」
「そしてレコード会社に不当に搾取されずに、自分たちの取り分を増やす」
この2点が大きかったであろうことは、多分間違いない。
小室等がしばらく社長をやったあと、吉田拓郎がかなり長い間、社長を務めていたらしい。(今はどうなんだろう?)
吉田拓郎に関して言うと、(あまり熱心なリスナーではないが)「制約が大きく」「多分搾取もされていた」CBSソニー時代の方が面白かった。
せっかくの自由を手に入れたあとの方がつまらない(少なくとも僕にとっては)というのは、なんだか皮肉なような悲しいような。
社長としてのテンションと、音楽家としてのテンションが合致しなかったのだろうか?
社長ロック確立にむけて、まずこのナンバーを。
吉田拓郎「春だったね」
5月29日(火)
お陰様で、5.27相模の風ライブ、盛況のうちに無事終えることができました。
まずは、来ていただいたお客様、協力スタッフのu−taro、みつき、あさみに感謝。海老名シュガー&お店のスタッフにラブ!
そして出演の井上ともやす、ろくでなし、すみよしたけし&ざっくばらんす、
わたくし・かっぱwithペコ 自分も含めて熱演揃いと言っていいと思う。
今回はかっぱは出演だけでなく企画自体の仕切もやったので、その充実度たるや凄まじかった。もちろん、忙しいし、大変なことも確かなのだが、ただ出演するだけのライブハウス側のブッキングライブとは、達成感が全然違う。
ま、出演するライブすべてにこの形でやったら、間違いなくへばるが、3回に一回くらいならいいな。楽しい。
もちろん至らない点、細かなミス、反省点もたくさんある。
が、ここじゃ反省しない。
楽しかったのを胸に、お客さんの笑顔を胸に次へ行く。
もちろん、まずかった点はふまえながらね。
みんな。
愛してます。
今日のお薦めは「相模の風ライブ」だ。
いえー。
5月26日(土)
今日は、自分のライブの前日にも関わらず、人のライブを見てきた。
ま、ワシは準備万端なので、余裕くしゃくしゃ、もとい、しゃくしゃくなのじゃが。というか前日にあがいたって急に上手くなるわけないし。
それにカントリーロックのバンドのライブですっかりなごんで、いい気分。
楽しかった。
明日のかっぱはドラムとギターのみ、ベースなしという無謀な編成。
ま、ドラムンギターと言うことで。
でも探してみると、こういう編成の曲あるんだよ、ちゃんと。
ローリング・ストーンズの1986年のアルバム「ダーティ・ワーク」に収録の「ハド・イット・ウィズ・ユー」
これがまた、暴力的なまでの勢い勝負の曲。40過ぎたおっさんがこういう「若気の至り・以前」の音を出しているのを聴くと嬉しくなる。
なんせ当時21だった僕が聴いたって、「あほだなぁ、この人達。でも無茶苦茶かっこええわ」だった。
ま、ストーンズと自分を比べること自体無謀なのだが、なに、ステージに立っちゃえばこっちのもんよ、へっへっへ。
明日はいくでー(偽関西人)。
5月25日(金)
ツェッペリンのサードアルバムは、ZEPのアルバム中最高傑作だ。
「移民の歌」から始まるハードロックサイド、B面のアコースティックサイド、もちろんこれは意図してやっているのだろう。
A面はわかりやすい。
乱暴にいってしまえば、セカンドアルバムの延長線上の音だからだ。
問題はB面。
発売当時は大不評だったそうである。
日和ったと思われたらしい。
だが、今の耳で分かるのは、ZEPはB面で、叙情味を出そうとかさわやかにやろうと言う意図でアコースティックを使ったわけではないのだ。
基本的にはA面頭の「移民の歌」で作っているサウンドの作り方を応用している。ZEP独特のあの音の組立方を、アコースティックギターという、音がばらけやすい楽器でどこまでやれるかを試したのだ。多分。
だからアコースティックにもかかわらず、音が固まりとなってでてくる。
流れるような使い方をしていない。
いくら実験しようと、能書きがあろうと、出てくる音がかっこわるかったら、どうしようもない。
全曲名曲名演奏なのだから、いうことないのだ。身も蓋もないけれど。
何で、この頃のツェッペリンはこんなにタイトでかっこいいのかなぁ。
凄すぎるよな。
ZEPも言葉による批評をホント、受け付けないバンドだよな。
ゆえのかっこよさ、なのだが。
古本屋で300円、といわず、未聴の人はぜひ聴いてくれ。
音楽界の宝だ。これは。
5月24日(木)
二日続けて雨だ。
だるい。
気圧の低いのはだめなのだよ。
てきめんに体に来る。再び、だるい。
ブルーズの良いところは「だるいかんじを出せる、出しやすい音楽だ」と言うところにもあるような気がする。もちろん表現の幅はもの凄く広いけれど。
だるい時は、やるべきことをちゃっちゃっちゃと片づける、なんてことは当然できない。
だってだるいんだもん。
このところ、レッド・ツェッペリンがやたら多いが、なんでかな?
そういう感じなのだよ。
彼らのファーストに入っている「ユー・ショック・ミー」
最高にだるいぞ。
ツェッペリンてば、ハードでソリッドなイメージが強いけど、ダルな感じも持っているのだ。
結構アルバムに1曲以上入っている。
こういうところも、好きな理由かも。
だるいから、今日はこのへんで。
5月23日(水)
いよいよ本日発売!
すみよしたけし&ざっくばらんすの「愛は闘魂」
彼らのファーストアルバムである。全編ライブ。
ライブでデビューなんて、昔のジャズかヤードバーズみたいだ。
当然勢いに溢れている。
彼ら独特のファンク感も満載。
すみよしの歌は緩急自在で全開。
1.恋のトランポリンタイム
2.愛シテル
3.なくした言葉
4.らぶ あんど ぴーす
5.愛のカタチ
6.笑顔くらべ
7.はなやかな街で
8.まんねんさんかく
9.なにげない一日
現時点でのライブにおけるベストチューン。
発売者がいうのだから手前味噌なのは承知の上なのだが、僕はこのアルバムを制作するに当たり、選曲の段階から立ち会ってきた。
マスタリングなど原盤制作に当たり、多分、何百回単位で聴いた。
普通は飽きる。
ところが。
全然飽きないのだなぁ、これが。
もちろん相模の風、最初のアルバムリリースということもあると思う。
また、彼らの音に入れ込んでいるというのも、もちろんある。
だがこの、音に飲み込まれる感じ。
別にラウドな音ではないが、うねりまくっている。
歌には激情と叙情が絶妙にブレンドされ、交互に表情を表す。
歌、が本当に伝わってくる。
最高だ。
アルバムという「商品」として絶大なる自信を持ってお薦めする。
すみよしたけし&ざっくばらんす「愛は闘魂」
買いです。
当ページ「CDを聴こう」からリンクしています。
よろしくです。
5月22日(火)
建て前と本音、ということは、世の中に多々ある。
もちろん僕も、そいつのお世話のなることがある。
意識して使うこともあれば、その時にはそんな意識はなくても建前で、おためごかしなことを、言ってしまうこともある。
最近気づいた、ちょっとシャレでは済まないおためごかしの建前があった。
もちろん自分のことで、である。
僕はこの「相模の風レコード」の代表者として、いろいろ動いてきた。
自分以外の他人(参加ミュージシャン)も巻き込んでいるから、当然ある種の責任もある。
ことあるごとに、対外的にも、「まず、相模の風を成長させることがいちばん。今はそれに向かって全力疾走」といっていた。
言っている時点ではもちろん本気で言っていた。
だがおとといくらいに、自分の中で、ぽろっと殻が抜け落ちた。
自分のなかの自分が目覚めた。
「オレはミュージシャンだ。歌作りの歌唄いだ。」
責任があるのは間違いないので、参加ミュージシャンのケアは絶対的にする。
だが、音楽屋のはしくれとしての自分を大事にしていなかった。
これは間違っている。
だってオレは骨の髄から音楽を愛しているし、これから後も深く深く関わっていくつもりだからだ。
いい曲をたくさん作りたい。そしてそれを一人でも多くの人に聴いてほしい。
それをないがしろにしてはいけない。
曲を作ることができる、それだけでも素晴らしい宝なのだから。
もっと大事にしなきゃ。
今までの自分のスタンスは1.掃除屋(なんといっても飯の種)2.相模の風の運営者 3.ミュージシャン
だと思っていた。
それでいいと思っていた。
そうあるべきだと、自分に思いこまそうとしていた。
間違いだった。
おととい気づいた。
実際にそれで食べられているかは別として、一番大事なのは、まずオレ自身の音楽だ。
いままで、それを公言するのを無意識のうちに怖がっていたのだと思う。
ミュージシャンとしての演奏の実力は明らかに劣るし、ライブ活動だって再開したばかりだ。
どこかに言い訳を求めていたのかもしれない。
今まで、どこかへらへらと、半分笑いが入って「オレだってミュージシャンだ」といっていたのかもしれない。
腹を決めた。
胸を張って言えるようにしよう。
オレはミュージシャンだ。
だから、今日は今まで、禁じ手にしていたことを破ることにする。
Quappaの「夏の終わりはいつも」を自信を持ってお薦めする。
風の歌を聴きますか?のQuappaのリンクからダウンロードして聴いてみてくれ。
MP3だからかなりのクオリティで聴けるはずだ。
よろしくです。
5月20日(日)
日が経つのは、時間が経つのはホントに早い。
あっと言う間だ。
弱音を吐きそうになることもままあるけれど、そして吐いたっていいのだけれど、でも、弱音を吐きつつも、前へ進む。
「やらなきゃいけないこと」、と「やりたいこと」が乖離していないからまだ幸せなのだ。
自分でまいた種が、今少しずつカタチになろうとしている。
素晴らしくスリリングで、でもハードな日々だ。
それに結果だけを冷静に見ると、とてもじゃないが、喜んでいる場合じゃない。
だが、焦らないぞ。
元々自分は熱血体質なのだと思う。
これは体質だからいかんともしがたい。
その熱血に見合った分の結果を出したいだけなのだ。
なぜって、今まで、納得できるほどのモノを作り上げていないから。
例えば、クオリティとしてこれくらいまでのモノを作れれば、
納得するかもしれない。音楽であろうと、他のことであろうと。
ローリング・ストーンズの「ジャンピンジャック・フラッシュ」
5月17日(木)
切迫感のある音、というのは結構音楽を聴くときの自分内での基準の一つかもしれない。
例え、バラードでも音にある種の苦み、緊張感がある方が好きだ。
ビートルズの「ユア・マザーシュッド・ノウ」やアル・クーパーの「ビー・リアル」。バラードなのに苦み走っていて非常によい。
かっぱはいわゆる「ウエストコーストもの」が今ひとつ好きになれないのだが、その辺に原因があるのかもしれない。スムーズに流れすぎるのだよ。
T.REXの「ソリッド・ゴールド・イージアクション」
なにかに追い立てられているようなマーク・ボランのヴォーカルとギター。
空虚な、しかし無茶苦茶カッコイイ、シャウトっぷり。
切迫感はあるけれど、せっぱ詰まっているわけではない。
今の自分の気持ちにぴったりだ。
今まで、プレッシャーに弱いと思っていたけど、もちろん未だにそういう部分は多々あるのだろうけれど、結構、後がない状況で、次々と色々やっている。
やれるじゃん、オレ。
少しはやりながら賢くもなっているような気もする。
今、多分、自分の容量を広げている真っ最中なのだと思う。
そんなのを実感できるのは、5年ぶりくらいだ。
楽ばっかりしてると、てきめんにバカになるからなぁ。
そんなときに、余分なものをそぎ落とすような音を聴くと、非常に気持ちいい。
マーク・ボランはそんなソリッドさを常に僕にくれる。
「ソリッド・ゴールド・イージーアクション」を、「買い」です。
5月14日(月)
自分のソングライティングについて、ちょっと書く。
このお薦めは自分で言うのはナンだが、結構読まれているようなので、逆にこれだけ読んでいる人は「Quappaさんって音楽好きで、文章を書くのが好きな人なんだ。」と思う人もいるのかもしれない。
いや、それも事実なのじゃが...
今、衝撃の事実を。
Quappaは実はソングライターで、しかも、この相模の風ページでも曲を発表してる。しかもしかも自作自演で。
なにもそこまで。大人げないなぁ、ほんとにもう。
だってQuappaは最近ホームページに曲も発表していないし、ハナ唄も休み中だし。
なにやってんだか、の状態だ。
何をやっていたかは秘密だ。はっはっは。
もうすぐ行われる集会(あっ5.27海老名ライブ・相模の風旗揚げ集会のことね・族ぢゃないよ)にてそれは明らかになるだろう。
ま、もうすぐ取りかかるよ。待っててね。
で、ソングライティングについてである。
つい2〜3年前まで、自分には「歌にできないテーマ」がたくさんあった。
自己規制していた。
例えば性的なことを歌えなかった。本人はスケベなくせに。
ネガティブなことを歌うのもイヤだった。
悲しみや憂いはそもそも自分の歌の中にかけらも存在していなかった。
死のことを歌うなんてとんでもなかった。
この数年、年を食ったというのもあったのだろうけれど、そのへんが変わってきた。
色々あって人生だ。色々あるのが人と人だ。
当たり前のことだけど、やっと実感として分かってきた。
努力して道が開けることもあるし、どうにもならないこともある。
分かっているのにやめられなかったり、もの凄く弱い面を抱えていたり。
そういうことの一つ一つが、昔よりはよく見えてくるようになった。
それを対象化できるようになってきた。
また、自分自身で引き受けることができてきた。
以前は明らかに逃げていたからだ。
いい歌になっているかどうかはわからない。
それは聴く人が決めることなのだが、自分自身の気概としては、「オレの作る曲はすべて名曲」くらいは思っている。
ここで言い切ったからには、それに恥じない曲を作らなきゃね。
これからどんどん発表していきたい。
そんなソングライターかっぱとして、こんな曲が作れたらと思う曲。
ビーチボーイズの「サーフズ・アップ」は素晴らしい。
泣くぞ。
5月12日(土)
いちばん好きなバンド、と力説してる割には登場の少ないキンクス。
はっきりいってマイルズ・デイヴィスやビートルズの方が多い。
キンクスと僕の結びつきはあまりに個人的に深すぎるので、あまり対象化できないのだよ。
だが、今日は必殺ナンバーを。
アルバム「サムシングエルス」収録「デヴィッド・ワッツ」だ。
これをかっこいい、といわずして何がカッコイイ曲なのだ?
と、思わず、力瘤までつくってみんなに押しつけたい曲だ。
ええど。
キンクスに対しては、ホント冷静になれないのだが、効果音やエフェクトの使い方、曲の構成、情けないヴォーカル(当然誉め言葉)、プリチーなアレンジ、にもかかわらずのロックンロールスピリット、どれをとっても奇跡的にすべてが高いグレードで結合した名曲だ。
放課後のウキウキした気分が甦る。
楽しいってこういうことだ。
そしてそんな気分にリアルに戻りつつある、最近のかっぱ。
大人の感性を持ちつつ、放課後の感じで行くぞ。
5月11日(金)
プロとアマの違いは何か。
いちばん分かり易いのは金を貰う方か、払う方か、である。
たとえば、音楽。
お金を払って教えて貰うのはアマチュア。
お金を貰って教えるのはプロフェッショナル。
お金を払って(チケットノルマを負担して)ライブをやるのがアマチュア。
お金を貰って(ギャランティとして)ライブをやるのがプロフェッショナル。
お金を払ってCDを作るのはアマチュア。
お金を貰ってCDを作るのは(正確にはちょっと違うんだけど)プロフェッショナル。
こうしてみるとわかりやすいでしょ。?
もちろん上の分け方も細かく見ていくと、そんな簡単にくくりきれないところも多いのだが、便宜上、は分かり易いよね。
で、相模の風はどうか?(これはミュージシャンが、ではなくレーベルとして)
まだプロとは言い難い。
プロと言い張るには、後二つかっぱ的条件があるのだが、それは、
1.生業として食べていけている
2.技術、仕事面において「早い・高い・上手い」
である。早い、高い、上手いは説明するまでもないと思うが、時間、ギャラ、腕前である。
長年やってる、ハウスクリーニング業の方に関してはぎりぎり、言えると思う。プロだと言い張って大丈夫そうだ。
だが、相模の風というレーベル運営者としては、まだまだアマチュアである。
甘い。どこが甘いかいちいち書き出すと自己嫌悪に陥るかもしれないで、書かない。(ま、そんなタマじゃないんだけどね)
いちばん分かり易い尺度で言うと、「事業で食えてない。」
まだその段階ではないから、そのことに焦っているわけではないが、そして、未踏の地に入ってきたのだから当然とも思うが、失敗無駄無知、が多い。
失敗なんてへーとも思わないたちだが、もう少し何とかならんかとも思う。
だが、しょうがない。ゼロからの子供が育っていくようなモノだから、なるべく自分をまっさらにして素直に受け止めていこう。
そして子供が育つ、あの異常なスピードで、成長しよう。(ムチャか?)
ブルース・スプリングスティーン「グローイン・アップ」を久々に聴こうかな。
5月9日(水)
この相模の風を始めて以来、右肩上がりのことが一つある。
売り上げ?
アクセス数?
残念ながらどっちもまだ大したことはない。
いしはらかっぱの「忙しさ加減」だ。
人生における最大の忙しさの記録、ほぼ毎日更新中。
でも、すごく気分がいい。
少しずつだが、結果も出始めている。
「忙しいけど、全然疲れてない状態」である。
いや、肉体的な疲れは当然あるのだが、脳みそも肉体もフル回転。
でも結構オレってやれるじゃんと言う感じ。
ま、細かいところでは、予定していたことがちっとも進まなかったり、つまらないところでぽかっと抜けていたり、色々やらかしている。
迷惑もかけているところもちょっとある。
ごめんね。
でも、でも。
ハイスピードの気持ちよさを、体で感じ始めているんだ。
ジェットコースターや車でのハイスピードはだめなんだがな。
これは次のステージへ上るための、正念場なのだろう。
いけるぜ。
こういうときはダウナーなモードに入らない。
真心ブラザースの「スピード」でGO!
5月7日(月)
なんかフレンドリーな書き込みが多くて嬉しい。
一応商売ページなんだから、なんて始めた頃は結構しゃちほこばっていたけれど、掲示板はオレとみんなの遊び場だ。
今日は短めに。
こんな今の気分そのまんまの、子供のまんま大人になりやがった羨ましい奴が唄う歌。
ローリング・ストーンズ@キース・リチャーズの「ハッピー」
すげー爽快。かなり幸せ。
5月6日(日)
今日は久々に映画を。
ウッディ・アレン監督、ショーン・ペン主演の「ギター弾きの恋」
いわゆる、ウッディ・アレン臭さは少ない。
結構そのまんま、というかベタな進行。
1930年代の架空のジャズ・ギタリスト「エメット・レイ」が主人公。
彼は素晴らしい表現力を持ったギタリストなのだが、アーティストによくあるパターンで、女好き・賭事好き・金遣い荒く借金多・奇癖多数あり・仕事の時間に遅れたりすっぽかしたりはしょっちゅう・大酒のみ...とまぁ、考えられる悪癖をすべてもっているような、音楽一流・でも人間としてはほとんどくず、を絵に描いたような人である。
当然寄ってくるオンナは多いが、大事になんかしない。もう傍若無人な振る舞いの連続である。
そんな彼がふとしたことから、口をきけない女と知り合う。
そこから始まる、最低男のラブストーリー、というわけだ。
ま、ストーリーはお約束として語るまい。
もう、誰が考えても「こういくだろうな」という展開なので、ストーリーに特別新味はない。
ただ、切ないのだ。
男なら実行するかどうかは別として持っている、最低男の切れっ端。
やっちゃいけないのは分かってるのに、やってしまって傷つける、傷つく。
もうこんなことはきっと、有史以来繰り返されてきたのだろう。
僕だって、なかったことにしたかったようなことはいっぱいある。
だが、やっちまうんだなぁ。
そして音楽が素晴らしい。
ジャンゴ・ラインハルトをちょっとシュミレイトしたような曲だが、そして舞台が1930年代だから当然それ風だが、実に心にしみる。
リズムギターが、もう大昔からやっているバッキー・ピザレリ。
コードを優しく弾くだけで、語れる人である。
サントラ共々、「買い」だ。
ラストシーンは泣けるなぁ。
あなたが最低男であればあるほどね。
5月5日(土)
ジェームス・ブラウンの「パパズ・ガット・ア・ブランド・ニュー・バッグ」
長いタイトルだ。
もちろん名曲だ。
しかもファンクなどという言葉がなかった頃に、その原型を築いた曲の一つ。
もうずいぶん前、10年くらい前だが、あるパーティライブに行ったことがある。
それは、DJが曲をかけて踊るのが半分、60’Sのソウルやロックのコピーをやるアマチュアバンドのライブが半分というようなパーティだった。
僕も当時、モッズを気取っていたので、三ボタンのスーツで出かけた記憶がある。
当然の如く、ダンス大会だったわけだが、そのなかで、すごくカッコイイ女の子がいた。もちろん顔なんて覚えていないのだけど、イメージは残っている。
あるいは残像といったほうがいいのか?
そのコが美人だったかどうかは定かでない。
ただ、滅茶苦茶ダンスが上手だった。
そして、このJBの曲の、サビに行く手前にギターカッティングのフックがある。そのリフレインの度に見事な二回転ターンを決めていたのだ。
今でも目に浮かぶ。
オリンピックだったら、9.9だろう。
あのコは体全体で、JBのファンクネスを表現していた。
音楽を誰よりも体から愛していた。
とっても素敵だった。
もちろん僕は彼女に話しかけることなんてできなかった。
5月4日(金)
スピッツは結構好きだ。
大好き、というほどではないが、草野マサムネの作る歌には「やられた」と思うことも多い。
「スパイダー」がいい。
恋に落ちた状態を蜘蛛になぞらえた歌詞もいいし、サウンドの独特の浮遊感も好きだ。
まだ、スピッツが大ブレイクする前にライブを見に行ったことがある。
といっても、渋谷公会堂だったからそこそこ以上の人気はあったわけだが。
まわりは若い女の子ばかりで、30の男など(まだあの時は29歳か30歳だ)いやしない。
かなり居心地は悪かったが、演奏はよかった。いい感じに跳ねていた。素直に乗れた。
あの時もうすぐシングルになる「新曲」といってプレイしたのが「ロビンソン」だったような気がする。
はっきり言って、こんなに売れるバンドになるとは思わなかった。
このお薦めでは、あえて歌詞には触れないようにしている。
既存の「音楽評」と称するものの半分以上は単なる歌詞分析かミュージシャンの周辺情報に過ぎないからだ。
だが、草野マサムネのいちばんの魅力は、歌詞の見事さだ。
日本的で、孤独をにじませた歌詞。
引用するとJASRACにうるさいことを言われるので、(今やそんなのは有名無実というのを承知の上で)引用しない。
とりあえず、「スパイダー」の歌詞はいい。曲もいい。歌もいい。
おいしい。
彼もそんじょそこらの価値観などは、全然信じていないのだろう。
自分だけを信じているのだろう。
だが、いい。
自分の中に広大な宇宙を持っているのならば。
5月3日(木)
キャノンボール・アダレイは無条件に好きだ。
アナログ盤を「堀りに」行って、彼のアルバムに関しては、とにかく「見かけたら買う」というかんじ。
だって、あったかくて、芳醇で、まろやかな、そのくせブルースフィーリングもたっぷりつまっているのだもの。
「シングス・アー・ゲッティング・ベター」
だんだんよくなってる。
なんで、こんなに涙が出そうな曲を作れるの?
ちょっといなたいけど、、疲れた心を包み込んでくれる。
ヴァイブのミルト・ジャクソンも大好きだから、二度おいしい。
こういう暖かさ、僕も誰かにあげられたらな、曲を通じてね。
5月1日(火)
ろくでなしが新曲を出した。
「逃げろ!」
4/1に続く中1ヶ月でのリリースである。
録音にかかる色々な手間を考えるとそれだけで、大した物だと思う。
いや、もっとプロといえるレベルまで言ったらそんなのは当たり前なのかもしれないが、今の時点では、そこの部分だって大したことだと思う。
だが、そんなことは曲の善し悪しとは、関係ない。
疾走感がすごい。
ヴォーカルもとばしまくり。
逃げろ!だから当然かもしれないが、すごく気持ちのいいスピードだ。
音の荒れ具合も、バンドサウンドの練れ具合もちょうど良い感じではないだろうか。
手慣れたふうにはならず、最初に曲をやる時の新鮮なパワーが生きている演奏
だと思う。
一番最初にリリースした「思うまま」のガレージのような音に比べると格段の進化だ。(あれはあれで、味があって好きだけど、完成度という意味で)
確実に進化し、かっこよくなっていく。
しかも5.27の海老名・相模の風ライブは久々の復活ライブ。
期待百倍だよな。
これからもいい曲、頼むよ!
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